第二回随想-1

東へ、西へ(神戸新聞「随想」第2回)

神戸に嫁いで、いちばん面食らったのが道案内であった。例えば美味しいケーキ屋さんまでの道順を訊くとこう教えてくれる。

「前の道を東に行って3本目を南に行くねん。真っすぐ行くと西っ側に酒屋さんがあるから、その西の道をも少し行ったバス道の信号の南にあるのがハイジやで」

最初、神戸の人たちが教えてくれる「東へ西へ、北へ南へ」の方向指示がまったく見当つかず、おたおたするばかりだった。

するとある人が「神戸は山側が北、海が南、としみついているんだよ」と教えてくれた。

なるほど、と私はまず頭の中に日本地図を思い浮かべた。関西にフォーカスし、兵庫県を鳥瞰図にしてズームイン。六甲山や摩耶山を見上げれば北で、下り切ったところに海がある。犬が西向きゃ、尾は東。山が北なら海は南。

だが納得したことと、使いこなすのは訳が違う。私が育っただだっ広い関東平野の真ん中で方角の目印なんか無い。そもそも方角で道案内をする人なんかいない。

市街地に行けばビルの上階と地下があり、道案内も3D。混乱は増すばかりだった。

実際、関西では方角で道案内をするのは珍しくないと気付いたのはだいぶ後になってからだ。大阪は筋と通りで南北と東西を区別していると知って「なんと合理的な!」と驚いた。

しかし30年も経てば、私も熟達した。帰宅するとき、タクシーの運転手さんにも自信をもって指示できるようになった。

「阪急の南っ側の道を東に行った3つ目の信号を南。JRの北側の道を300メートル西に行った北側の家までお願いします!」(神戸新聞「随想」9月25日)

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