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季節外れのたんぽぽ

 季節外れのたんぽぽが、その日は私の視界に入ってきた。職場でいつも過ごす癒しの空間で、そのたんぽぽが、さらに私を癒してくれた。
 
 毎朝私は、職場の館内へと入る前、就業ギリギリの時間まで北側の軒下にある木製ベンチにて暇を潰している。
 それは、プライベートと仕事との境界線を引く大切な時間だ。
 以前はその時間に一人でnote記事を読んでいたのだが、今では私の右隣には、産休明けに復帰した同僚がいる。
 
「あんなとこにたんぽぽ咲いてる! 昨日は無かったよね?」
 
 私は、アスファルトの割れた隙間から花を咲かせるたんぽぽを発見し、感動した。
 近くへと歩み寄り、スマホで写真を撮る。
 そんな私の背中に、

「マジっすか!? 病んでるの!?」
 
 と、同僚の彼女は豪快に笑った。
 笑われても、私は彼女が笑い主ならば不愉快には思わなかった。ただ、彼女が産休に入る2年以上前の私は、アスファルトの隙間から咲くたんぽぽに、気付きもしない人間だった事を思い出したのだ。
 だから今、そんな私の言動を見て、彼女は驚いているのだろう。
 
 2年以上前の彼女のイメージの中にある私が、仮にアスファルトから咲くたんぽぽに気づいたとして、きっとこう思っただろう。
 
『あんな所に花を咲かせるなんて、なんてアホでかまってちゃんなの。頑張ってる感出して、ウザイわ!!』
 
 
 確かに私は、美しい花を美しいとは感じられなかったし、自然も、生き物も、当たり前にそこにあるものだと思っていた。
 アスファルトから咲く雑草の花を、アホだなと思ったり。もっと良き環境へと風の力を借りて綿毛を飛ばし、それから根付いて花を咲かせるとか、そう器用に生きられないのかと、「片腹痛いわ!!」と、心の中で笑っていたように思う。
 
 
 私は今、そんな2年前の私ではなくなったのか。それか、たまたまその日は気付いて感動できる私であっただけで、この先未来の私がどう変化するのかは、分からない。

 私は同僚の目も気にせず、片腹痛く笑うどころか、季節外れにアスファルトに咲く不器用なコイツの写真を、なりふり構わず撮った。
 
 上手く撮れたのかどうか。
 浦島太郎状態の彼女が、そんな私を見て爆笑するものだから、彼女にとってらしくない行動をする私に、私は少し恥ずかしくなってしまった。1枚、2枚と慌てて撮ると、木製ベンチへと戻り腰掛けた。
 
「襟瀬さんらしくない。病んでるんですか? 」
 
 と、彼女は笑いながら問う。
 滑稽でバカにして笑っているのではないということは、彼女の周りにある光の色を見れば分かる。心配して、それを隠すための笑いだと、容易く理解した。
 
「人は誰しも病んでいるのかもしれないね。病んでると思えば病んでるし、元気だと思えば元気なのかもしれない」

「意味分かりません」

 と、さらに彼女は笑った。
 
 そんな会話をしているうち、ガス会社のトラックが止まり、業者のおじさんが長くて太くて黒いチューブを、ガチャンガチャンと音を立てながら引っ張って、私たちの前を通過した。トラックのエンジンの雑音とそれが混ざり合い、私たちの声はお互いに聞こえづらくなる。
 通過したその後、さっきスマホで撮ったたんぽぽは、その業者のおじさんの足か、黒いチューブに踏まれてひしゃげていた。
 
「やりやがったなコノヤロー!!」
 
 私は怒りに叫んだ。
 あいつに文句言ってやる! と怒る私に同僚は、
「抑えて。悪気はないから仕方ないですよ!」
 と、止めた。
 
 確かにそうだ。
 過去の私も、気付かずにそれを踏むような人間だったし、踏んでしまってから気づいたとしても、そんな所に咲いているから悪いんだ! と思っただろう。だから、ガス屋のおじさんを責めることはできない。明日の私だって、今は大切だと思うそれを、気づかずに踏んで傷つけてしまうのかもしれないから。
 
 
 
 翌日の昼休み、そのひしゃげたたんぽぽの1メートル西側に、また新たなたんぽぽが咲いていた。
 
「あなたもアホなんだね」
 
 と心の中で呟きながら、木製のベンチの左端へと腰掛ける。カバンからスマホを取り出し、note記事を読んだ。
 少ししてから同僚の彼女が休憩にやってきた。私は読んでいる途中でnoteの世界から現実へと戻り、スマホを木製ベンチの肘掛けに置いた。彼女は私の右隣へと腰掛ける。
 
「あっ! 新しいのが咲いてる!!」
 
 季節外れのたんぽぽに気づいた彼女は、嬉しそうにそれを見た。
 
「あんなとこに咲いて、また誰かに踏まれるかもしれないのにね・・・」
 
「咲いただけスゴいですよ!」
 
 彼女は笑った。
 私は、次は写真を撮らなかった。
 そこにあるのかないのかの証明なんて、必要ない。心の中にあるのなら、どんな形でも一緒にいられるのだ。
 
「本当は私、雑草の花の良さがまだ分からないんですよね~」
 
 正直なその言葉に、私はさらに彼女を好きになった。
 その良さが分からないのに、そこに咲いた雑草の花に気づいてくれて、とても嬉しく思った。
 

 
 
 
 
 
 

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