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昨日の空と月

 不登校の娘は、1週間のうち目標3日は登校するという計画を立てている。計画を立てながらも、大体週に1回、1時間か2時間ぐらいの登校となっているのが現状だ。
 週に1回行けた日に、担任の先生と、1週間の時間割り表を見ながら来週の登校日の予定を立てる。
 今週の計画は、昨日の1、2時間目のみ。でもその2時間がどうしても行けなかった。
 私は昨日仕事を早退し、来週の予定を立てるため、娘と一緒に学校へと顔を出した。
 夕方5時近く。外は薄暗くなってきている。
 昼間は賑やかだろう教室は、なんだか寂しげで、暖房を付けていてくれているのにとても寒く感じた。
 静かな教室は、小さな話し声でもよく響いて聞こえる。娘と先生が、来週の登校日の計画を立てている姿を、私は静かに眺めていた。
 
「この体育の授業オススメだよ。タグラグビー。ちょっと変わったルールでやるんだよ」
 と、先生はプレゼンしてくれる。
 最近のクラスの様子も交えながら、先生は楽しそうに話してくれる。昼間の普通の学校風景を想像し、娘は今、何を感じているのだろう。
 オススメの授業って言うところ、おもしろい。
 私はいつも、計画を立てる風景を見ながら、そんなふうに思ってしまう。
 先生は、娘の興味のありそうな授業や、例えばそれはどんな事をするのか事細かく教えてくれ、娘が学校へと行きたくなるようなキッカケにならないかと一生懸命になってくれているのだ。
 ありがたいと感謝する。
 そんな時、
 
「あっ!! すごいキレ~イ!!」
 
 娘はうっとりとした感じで声を張り上げた。
 娘の視線は、窓の外にある。
 カーテンも閉めていない広い教室の窓からは、グラデーションがかった青の空と、細すぎて折れてしまいそうな月があった。
 確かに綺麗だ。
 今すぐ写真を撮っておきたいほどに綺麗。
 こんな夕暮れの青の空、今までに見たことがあっただろうか。記憶にない。
 もし今がこの状況じゃなければ、私は間違いなくスマホを空に向けただろう。
 よそ見をして先生との話を止めて、「キレイ・・・」と感動する娘に、「今は違うでしょ」とは言えない、母親として失格な私がいた。
 今感じた感動を、素直に口に出して伝える娘がいて、とても嬉しく感じてしまった。
 美しい空に感動できる娘であることが、嬉しかったのだ。
 落ち着いた青色の空は、グラデーションがかっている。折れそうに細い繊細な月と、少し離れた所に一つだけある輝く星。
 寂しげなのに、とても惹かれる空と月だった。
 気づいてしまったら、視線を逸らせないほどに美しい。
 少しの間、私たちの視線は、空に向けられた。
 
「青のグラデーションが綺麗だね~!」
 
 先生が、感動したように呟いた。
 そんなふうに、この瞬間の感動を共感してくれる先生にも、感動させられた。
 
 
 学校を後にして車に乗り込む時には、青のグラデーションは無くなっていた。
 折れそうな月と、輝く一つの星だけが、黒の空の中にある。
 
「さっきのあの空、写真撮りたかったな~。それでiPadの待ち受けにしたかった・・・」
 
 娘は悲しそうに呟き、空を見上げている。

「明日、またあんな空が見えるといいね。そしたら写真撮ろうよ」
 
「明日、あんな空見えるかな?」
 
「明日がダメでも、いつかは見られるよ」
 
 もう一度、あんな綺麗な空を見てみたい。
 じっくりと、あの空が色を変えていく姿を見ていたい。
 この先、あんなにも綺麗な青のグラデーションの空に出会えるのだろうか。本当のところは自信が無い。
 でも、もしいつか出会えたら、絶対写真を撮っておこうと思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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