BLANKEY JET CITYの「ディズニーランドへ」が頭に浮かぶ時
BLANKEY JET CITY(通称:以下ブランキー)の「ディズニーランドへ」という楽曲が何か自分の中で起こるたびに頭の中に浮かんでしまう時がある。
この話をしても、「ディズニーランドへ」を皆が皆知っているわけでもなければ聴いたことがあるわけでもないのでこの例え話を出したところでピタッと相手に届くわけでもない話なのであるが、こうして文章に書いてみようと思った。
Twitterでハッシュタグの一つである#nowplaying をつけてブランキーの「ディズニーランドへ」を再生していると、’’この曲はブランキーの中でも最も共感します・・・。例えば、いじめられてる奴をかばったら自分もいじめられるんじゃないかとか・・・’’ と言った類のリプライ(返信)が来たことがあったり、嫌われてる人と一緒にいたら自分も嫌われてしまうのではないかといった類の事を連想させてしまうときにこの楽曲の歌詞が浮かんでしまうのは何だか無理もない気がする。
ただそれらは決して特別な感情でもなく大なり小なり、人の心に宿っているものだと思っていたりもする。
Twitter上でのやりとりでも、’’共感する’’と言ったメッセージをもらい、また私も共感してしまったのだ。
一緒にいるのが とてもつらくてたまらないから
一緒にいるのが とても恥ずかしくてたまらないから
いたってシンプルかつ、出来ればそんなことを思いたくない、無視していたい感情がたったこの二行の言葉で強烈に突き付けてくる。ベンジー(浅井健一の略称)の事をこのヒューマニズム溢れる歌詞を書く天才だ!とまで思ってしまった。激しいロカビリーサウンドとのバランスが絶妙だと本当に思う。
後、少し話を戻して、序盤にあった共感の理由についてだが、他にも似たようなエピソードがあったりする。
これも、インターネット上での話なのだが、’’もっと病気の事を知ってほしい’’と言っている人がいて、ここで言う病気というのは話の内容上、精神疾患を指すものだったわけだけど、比較的偏見がきわめて強い精神疾患領域だからこそ、誤った知識・誤解・偏見に苦しめられている現状は多々あるのは事実でもある。
ただ、理解をしたいと思っている人も、世の中には多かれ少なかれ存在するとは思うけど、’’知ってほしい”と言う側の人間が同時に知るべき事も何かありそうだなと感じていて、それは、その病気の事への知識があったら何だか特別な目で見られてしまうかもしれないと思う人だって居るという事だったりする。
何で知っているの?もしかしてあなたも・・・と踏み絵のようなものを踏まされてしまうかもしれないとなれば、果たして知りたいと思う人ってどれぐらいいるのだろう?とも思ってしまう。
そしてそんな時にこのブランキーの「ディズニーランドへ」がふと頭に浮かんでしまう。こういう感情がやはり人に浮かんでしまうことだってあると言うのは事実なんじゃないかなぁ~?と考えてしまうわけです。
ひょっとしてこれも歌詞の終盤にある。
冷たい人間の仲間入りなのでしょうか?
この例えは日常会話に盛り込むには説明があまりに長くなりそうなので文章にしてしまいました。
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