◯◯熱波師なつこ
「あったかーい」
湯船に浸かっていると、ひとりでに言っている。
冷えた指先や足首、膝、すべてがお湯の中に入るように体を斜めにする。
すごい格好。
周りから見たらえらく姿勢が悪く、不自然な姿だろう。大衆浴場だとなるべく気を使って、ぴしっとした(つもりの)姿勢で入浴している。
おうちのお風呂はそれとはまた違った、だらっとした時間を過ごすことができる。
ぽとっ
頭に冷たい水滴が当たる。天井を見上げると、ぼやーっとではあるが、今にも落ちてきそうな無数の水滴が連なっているのが見えた。
暖かい風呂場にいても、水滴は落ちてくる間に冷え切ってしまう。一滴でもイヤーな感じだ。
お風呂上がりの換気扇を6時間切設定にして、天井の水滴がなくなることを祈った。
次の日の朝、期待しながら風呂場のドアを開けると、なんと天井の水滴たちはまだ引っ付いていた。鍾乳洞の石みたいに、今にも落ちてきそうなフォルムのまま持ち堪えている。
うっそでしょ〜!
床やシャンプーボトルの置いてある棚はカピカピに乾いているのに。
天井の水滴の手ごわさを知った。
わたしは洗面所の手拭きタオルを手に取り、風呂場の天井に向かって大きく振り出した。
ブンッブンッ ブンッブンッ
水滴たちは一瞬怯んで、ばらららっと数滴落ちてきたが、すぐに体勢を戻した。
ムキになって、わたしはしつこくタオルを振り回す。
ブンッブンッブンッ ブンッブンッ
はぁはぁ言いながらタオルを振りまくっても、落ちてくる水滴の数はさほど変わらなかった。
くそぅ。負けた。
謎の敗北感を覚えながら、
「風呂場 天井 水滴 グッズ」と調べ、候補に出てきたワイパーをひとつずつ見ていった。
風呂場天井用のワイパーを買うことにはしたが、天井の水滴を見るたびにタオルで戦いを挑んでしまう。ムキィと憎しみを持ってしても数滴が落ちるだけで、まったく勝つことはできない。
あ〜わたしが最強の熱波師だったならなぁ。
わたしが地元では名のしれた「熱波師なつこ」だったなら、タオルを華麗に勢いよくブォンブォン振り回し、風呂場に旋風を巻き起こせるのになぁ。
水滴たちもビックリするだろう。
うわぁ〜
天井に引っ付いていられないよぉ〜
ボトボトボトボトっ!!!!!
わたしはその音を聞き、まっさらな天井を見てニヤリと笑みを浮かべるのだ。
熱波師には、日本一を決める熱波甲子園なるものがあるらしい。3種目の合計点で順位が決まる。
その中の熱波ボウリング(ペットボトル倒し)という競技。
水の入ったペットボトルを熱波で倒していくのだが、ペットボトルが倒れるほどの熱波の強さと速さ、コントロール力が必要になってくるようだった。
熱波のコントロール力。
風を操るキャラクターみたいで格好いいじゃんと思った。
ペットボトルはそう簡単には倒れないようだ。
しばらくは、天井用ワイパーで様子を見てやんよ!
わたしの風呂場天井熱波師までの道のりは、まだまだ遠い。
もしサポートいただけたら、部屋の中でものすごく喜びます。やったーって声に出します。電車賃かおやつ代にさせていただきます。