ジャーマンアイリス(誕生花ss)

 何でも人並み以上にできたせいで、何にも情熱を持つことができないまま、高校生になってしまった。周りの皆がどの部活に入るか楽しそうに話している中で、ぼくは黙々と帰り支度をする……が、突然、クラスメートに話しかけられて手が止まった。声の主は、確かアヤメとかいう、男子生徒だ。
「ニジノ、お前、何部に入るつもりなんだ?」
「え? ……いや、どこにも入るつもりないけど」
 アヤメはきょとんとして、それから「はあ?」と声を荒げた。
「体育の時間、テニス部の顧問から誘われてたじゃんか。それに、陸上部からも、吹奏楽部からも声がかかってるんだろ。なんで入らないんだよ」
「いや……別に良いだろ。アヤメ君には関係ない」
 ぼくの返答に、アヤメは首を振った。
「関係あるんだよ。小中と、ずっと同じクラスで、ずっとお前を追い越せないで来たんだから……! 高校では同じ部活に入って、お前に勝ってやるって決めてるんだからな」
「へ?」
 思わず首を傾げてしまった。小中と同じクラスだった、のか。友達らしい友達も作らず、あまり周りに興味を持たずに来てしまったせいで、全く気付いていなかった。
 ぼくの態度に、アヤメは顔を赤くした。
「オレなんか眼中にないって訳かよ。くそ。良いよ、それなら勉強で勝ってやるから」
 そんなやり取りがあってからというもの、アヤメは毎日、ぼくと競うようになった。ちょっとした小テストでもぼくの点数を気にするし、体育の時間は常にぼくをマークしているようだった。最初は意味が分からなくてちょっと面倒だったけれど、最近は、なんだか生活に張り合いが出てきたような気がする。これまで、そんなにぼくと関わろうとしてくれる人なんて、いなかったのに。
「くっそー、中間テスト、全教科でお前に一歩及ばなかった!」
 悔しがるアヤメを見ていると、自然と頰が緩む。
「あ? ニジノ、何笑ってるんだよ」
「いや、なんか……楽しくて」
「はあ? 腹立つな!」
 アヤメは唇を尖らせ、ぼくは暫く笑い続けた。


 花言葉「情熱」。

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