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究極の舞台

もう既に2ヶ月前のことだ。
あまりに大切な思い出として
どう書いて良いのかわからないほど
感動した夜について。

Photo / Frédéric Barrès

3月半ばに
夫がアーティストディレクターを務めるフェスティバルに
パリ在住のピアニスト務川慧悟さんをご招待した。

プログラムは
バッハ、西村朗、バッハ=ブゾーニ、
ショパン、ラヴェル。

前週のレオノーラ・アルメッリーニさんの
コンサートに引き続き
娘と、親友のニナと一緒に聴いてきた。

Photo / Frédéric Barrès

フランス組曲4番が始まった途端
あまりにクリアな音色、正確なリズムに圧倒された。
うわあ、、と息を呑んでいると
隣で娘が肩を震わせて嗚咽しているではないか。
私の太腿をギュウッと掴んで涙をダラダラ流している。

バッハが終わって
すごいね、と顔を覗きこむと
うん、一つ一つの音にVieヴィがあるみたいだった
と囁いた。
Vie には命、そして人生、という意味がある。
放っておくとフランス語と日本語が
ごちゃごちゃになってしまう娘のお喋りだけど、
言いたいことはよくわかった。

西村朗氏の星の鏡という
とても不思議に美しい曲が終わると
ニナはJ’adore !だいすき!と娘に囁き
その瞳のなかには
まさに星が輝いていた。
クラシック大好きの小学生
BFF ( ベストフォーエバーフレンズ)、良いねえ。

そのあとのバッハ=ブゾーニのシャコンヌは
さらに圧巻だった。痺れるような低音が響き渡り
娘はまた号泣していた。
会場には、一音も聞き逃さないように、と
人々の集中するピシッとした空気が流れていた。

そしてショパンの舟歌、ラヴェルのクープランの墓、
アンコールではバッハのフランス組曲5番、
ラヴェルのソナチネ、と続いた。

至福の娘
Photo / Frédéric Barrès
素晴らしい思い出!
Photo / Frédéric Barrès

翌朝、幸運にも務川さんを宿泊先に
お迎えにあがるという役目を担うことになった。
夫と合流して3人で近くの街でコーヒーを飲んだ。
舞台の外の務川さんは、日本語でもフランス語でも
全くぶれない静かな落ち着いたトーンで
物腰柔らかく丁寧、演奏と同様に
とても知的な印象を受けた。

あの日から2ヶ月経っても
私も家族も、まだあの夜の余韻に浸っている。
例えば心に突き刺さるような良い映画を観たあと
1週間くらい、その映像の中にいるような時があるが
演奏会でもそういうことがある。
普通に生活している時に
ふと感動が蘇ってくるのだ。
なぜあんなに心を惹かれたのだろうと
あれからずっと考えていた。

そして突然思いついたことがある。
ピアニスト務川慧悟さんは
むちゃくちゃお洒落なのではなかろうか。

きっと持ち前の音楽センスが光っているのは勿論のこと、
そこに、考えに考え抜かれたアイデアや技が
全く嫌味にならないように散りばめられている演奏。

お洒落の反対は
めんどくさがり。

めんどくささや実用主義がお洒落心に勝ってしまうと
途端に老けたりだらしなくなるもの、と
この頃身をもって気をつけているのだけれど
彼の演奏はその正反対、高い美意識からくる
究極の探究心の結果、
ものすごくスマートに
かつ個性的に光っているように感じた。
だって洗練されたお洒落って
ものすごい労力いるのよね。。人の心を打つ筈だ。

ずいぶん勝手な感想を書いてしまったが
またぜひ何処かで務川さんのコンサートを聴きたい。









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