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中学生レベルの英語力もなかったけど、留学4カ月目で、海外のカフェで仕事をGetできた理由

現在、外国の豪華クルーズ客船のフロントデスクで仕事をしています。
基本的にクルーで日本人はわたしだけ。フロントデスク業務なので英語はビジネスレベル以上が求められ、当たり前ですが、メールも全て英語。

英語が本当に出来なかったわたしが、英語学び始めたときのハナシをしていきたいと思います。

留学や語学を勉強する人はもちろんのこと、自分に自信のない方などに読んで、そこから何か感じて頂けたら幸いです。

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英語が嫌いで、でも英語なんて将来使わないからいいやと思ってた学生時代

わたしは英語が大の苦手でした。

小学生のときに、親友がECCに通っていて(彼女の夢は英語の先生になることだった)、面白そうだという理由で彼女の行ってるECCで一緒に勉強を始めました。

えー、結果、何も学んでいません。だって、本当は英語を勉強したかったのではなく、親友と遊びたかっただけだったのです。(親友の邪魔しちゃったな~、でも今は看護婦さんとして人の役に立つ仕事をしてるのでいいか)

中学生になり、英語が授業に導入されますが、成績は振るわず。

途中から、わたし海外行く予定ないし英語なんていいや、とか、現在英語を使った仕事をしている自分からは想像もつかない考え方をしてました。

それから色々あり、留学を決意するのですが、(別記事に詳しく載せます)そのときの英語のレベルは凄まじかった。

どのくらいヤバかったかというと、I の後には ”have” で、She や He のあとに "has" となるのが分からなかったくらい。

バンクーバーにワーキングホリデー(以下:ワーホリと略)に行くことを決めてから、父に頼みこんで※”Friends”のDVD全巻を買ってもらいました。

それで毎日DVDを観てた。日本でやったのはこれくらいで、英語塾にも行こうかと見学に行ったこともありましたが、雰囲気がイヤで止めました。

※専門学校で英語の授業中に、先生が見せてくれて面白かったのと、生きた日常会話を学ぶには良いって口コミもあったので、”Friends”にしました。(今はNetflixで観れる時代か、、、いいな!)

バンクーバーへ留学へ、、、語学学校初日でいきなり落ち込む

語学学校はバンクーバーにたくさんあったのですが、エージェントと相談して、最終的に多国籍の学生が多い学校に決めました。会話力を重視する学校です。

学校が始まる前にクラス分けするためのテストを受けました。

学校が用意した簡素なテストを終え、終わった生徒から順に、空いてる先生のところにテストを渡し、スピーキングのテストをするという流れでした。

わたしはレベル2のクラスに振り分けられました。ちなみにこの学校はレベル8までありました。言われずもがな、数字の小さい方がレベルは下です。(辛い)

あーでも1番下のクラスじゃなくて良かった~って思ってたら、レベル1のクラスは実質ないそう。レベル1は、ABCDE~とアルファベットから教えるレベルなんですって。(もっと辛い)

で、初登校日。午前中と午後で教室が変わるので、各教室の前に貼ってある紙で自分のクラスをチェックして、自分の教室に行きました。

そして初めてのクラスが始まりました。金髪の可愛い若い女性の先生だったと思います。(レンガ作りの学校、海外!って感じでソワソワしたな)

ただ、授業がさっぱり分からない。本当に何言ってるの?ってかんじ。多分はてなマークが頭からはみ出ていたと思います。

そしたらね、20分くらいしてから、別の先生が教室に入ってきて「Eri?」ってわたしのこと探してるんですね。

「Yes」って言って手を上げたら、別の部屋に連れていかれました。

悲しいことに、英語で書かれてるクラス分けの紙すら読めずに、午前と午後の部屋、間違えて行ってました。(初日にいきなり落ち込む)

先生探し出してくれてありがとう、、、

わたしが行くべきだった教室には、もちろんわたしと英語レベルが同じ各国の生徒がいました。サウジアラビア人とかブラジル人、日本人はわたしともう1人いたな。ドイツ人もいたけど、彼らはスピーキングは良いけど、筆記テストが酷かったらしい。ヨーロッパの人基本話せますから、英語。

とにかくわたしの英語力の低さはここまで読んで、じゅうぶん分かっていただけたと思うので、他の話題に移動しましょう。

学校卒業、ワガママな仕事探し

そんなこんなで日々は過ぎていき、レベル2のクラスだったわたしは、学校をやめる3週間くらい前にレベル3のクラスにアップグレードしました。(その理由は、下の項目の”英語が格段に伸びた理由”に書いてあります)

さて、不安なのはこのあと、、、。

お金が無かったので、学校は3カ月だけ。あとはワーホリビザなので、働いてお金を稼いで、生活費をなんとかする予定でした。なんとしても仕事を探さなきゃいけません。

わたしの英語力はまだまだでしたが、絶対にジャパレス(日本料理:ジャパニーズレストランの略)では働かないと当初から決めており、まわりの友達や、そのとき自分がやってるブログにも書いてました。
※このブログは、日本にいる家族や友人向けに、近況報告として毎日発信していました。

言ったらもう逃げ道ないので、有言実行でやるっきゃない!
ジャパレス嫌だっていってたくせに、働いたら格好悪いもん!
他人の目をうまく気にするとすごい力が湧いてきます

知らない人の為に:バンクーバーには、すし、居酒屋、ラーメン屋など日本人が経営するレストランがくさんあり、スタッフもほぼ日本人なので、オーダーを取る以外は結局日本語を毎日使う環境になってしまうので働きたくなかった。

わたしは専門学生の2年間、抹茶を取り扱うカフェで働いており、すごく楽しかったので、カフェで働きたいと考えていました。

というわけで、学校を卒業するちょっと前からレジュメ(履歴書)などを作成し、卒業と同時にバイトを探す日々となりました。

アナログなバイト探し

バイト探しの方法は3つありました(10年くらい前ね)今はどうなんだろ?

1.友達や知り合いの紹介
2.JPカナダで探す(カナダ在中の日本人のコミュニティサイトみたいな)
3.レジュメ(履歴書)を直接店に配る

①は、単純にツテがなかった。

②もジャパレスのバイトばっかりで、あとはロッキー山脈とか観光地でのバイト。わたしはバンクーバーがかなり気に入っていたので、バンクーバー以外の都市や観光地で動く気はなかった。

ということで、残ったのは③、”レジュメを店に直接配る”しか方法はありませんでした。

レジュメは、ネットで良い文言をコピペしたり、Google翻訳でなんとか作ったものをエージェントに持って行き、手直ししてもらって完成させました。
(日本の履歴書とは全然違うので苦労した!)

それを何部かコピーして、手あたり次第のカフェなどに配るんです。

「Are you hiring at this moment?」

この文言、めちゃくちゃ練習した。「今、働く人募集してますか?」って店の人に聞いて、”Yes” だったらレジュメを渡す。”No” でも、もし探し始めたら連絡くださいってことで、”No” でもレジュメを置いてくる。これが鉄則!と先に留学に来ていた先輩に教わりました。

店にレジュメを配りに歩く

あーよく覚えてるわ、1日目。本当辛かった。

ダウンタウン歩きまわってさ、”バイト募集”みたいな紙が店の入口に貼ってあったらさ、入ればいいじゃんって思うでしょ?

緊張しすぎて入れないんですよ。足が動かない。自分の足かって思うくらい緊張しちゃって。

この日は1日中ダウンタウン歩いたのに、お店の中にすら入れなかった。

この日のブログに、自分のことを”チキンヤロー”って書いたの覚えてます。

情けなかったの、なんて勇気のないやつなんだって。で、明日は絶対に店に入って「Are you hiring at this moment?」っていうってブログに書いた。

そう、言ったらもうやるしかないの!やんなかったら格好悪い!

2日目は3か所くらいまわってやっと3か所レジュメ配れた。やっぱり重要なのは最初の一歩。20代前半のわたしには何もかも冒険だったな~。

ちょっと成長した日だった!

やっとバイトが決まるが、1週間で辞める

で、2~3日間くらいかけて、ダウンタウンにあるカフェを中心にレジュメを配ったんだけど(10枚くらいかなー?)、人を募集してるカフェが全然無くて、募集してないけど、とりあえず貰っといて!って置いてきたレジュメばっかりだったな。

だから一応、JPカナダの掲示板でも仕事を探してました。

でも、その中で ”ワーホリのビザが切れて帰国するので、わたしのあとに働ける人探してます”って人がいたんですよ。

場所はダウンタウンのオフィスビルの地下に入ってるフードコートにあるサラダバー。

すぐに連絡して、面接しました。面接は引継ぎの日本人の女の子がしました。なにやらこのサラダバーでは、いつもワーホリの日本人を雇っていて、ビザの期限が切れるときに、その働いてる本人が、代わりの人を探して仕事を引き継ぐそうです。

早速その子から1週間くらいで仕事を教わることになりました。

これがわたしのやりたかったことか?と疑問に思う

でね、1日目にすでに思ったの。あれ?ここでわたし英語話す機会あるのかしら?

だってね、サラダバーだから、ビュッフェ形式になってるサラダをお客さんが容器に入れて、それをグラム売りするってとこだったんだけど、レジをやらせてくれなそうな気がプンプン。

やるのは全部野菜の仕込み。で、インド人がやってる店だったんだけど、その人達がレジやる感じ。サラダバーにサラダとかトマトとか、とにかく並んでるやつがなくなったら補充。全部力仕事。一人、ツマラナイ。

お昼の忙しい時間が終わっても、インド人のBBAたちは何もしない。
わたしが全部する。ツマラナイ。

あ、わたしこんなところで、こき使われるためにバンクーバー来たんじゃない!って思って、さっさと辞めました。せめて英語が使えたらこき使われても続けてたもしれません。恐ろしや。

バンクーバーに来て3カ月と3週間くらい、学校辞めてから3週間くらいで、焦ってるときにやっとこ見付けた仕事だったけど、なんか、”プライド”もつほどなにも成し遂げてないけど、こんなところでやってられるか!ってスッパリ辞めました、良い決断だった!

カフェから電話が掛かってくる

で、この辞めたタイミングで、カフェから電話が掛かってくるんですよ(奇跡)。バイトの募集始めたから、まだ探してたら面接においでとのこと。

面接が決まっただけなのに、やりたかった”カフェ”からの電話で舞い上がりました!

なので、絶対にこのチャンスをモノにしたい!絶対逃しちゃいけない!と思ってエージェントに行きました。

で、そこの人に、受かるためにはどうしたらいいでしょう?って率直にアドバイスを求めました。それで頂いたアドバイスが、「きっと色んな人が面接に来るだろうから、自分を印象付けられるようにしたら?自分をアピールすることは大切だよ!」と、そんな感じだったと思います。

ふむふむ、、、

カフェの面接でいきなり遅刻

さて、面接の日がやってきました。面接の時間ちょうどくらいにカフェに到着!

レジの人に、面接で来た旨を伝えると、、、面接の予定はないとのこと。

え? ん?

なんと!自分のレジュメを配り歩いてたはいいけど、どこに配ったか覚えてなくて、電話のときに店名聞いたと思ったんだけど、なんか思い込みで、同じチェーン店の別の店に来てしまっていたのです!きゃー!

そのカフェから目的のカフェまでは徒歩15分くらい。

遅れる旨の電話をカフェにすればいーじゃん?って感じですが、英語がまだ苦手なのに、電話で英語なんてもっとありえないわけですよ。

だったら走ったほうが早い。走ったらなんとかなる(絶対遅刻なのにそう思った)、と思い、こんな走ったことないってくらい全速力で走りました。

目的のカフェに着いたときには、息がゼェゼェで、店のオーナーがかなり驚いていた(笑)、水飲む?って言われたけど、なぜか断る。

とにかく、店を間違ったと謝って、15分くらい遅れて面接スタート。

面接で自分を最大限にアピール

オーナーは白い髭の混ざったカナダ人のおじさんでした。

わたしのレジュメを見ながら色々質問されて、そのときの英語力でどれだけ伝わったか謎だけど、今まで経験したバイトの話とかをしたのを覚えてます。

10分~15分くらい話した後、じゃ、これで面接は終わりでーすってなったので、ここで!なんかアピールしなければ!終わってしまう!と思い、

わたし「Can I say something? 」ちょっと一言いいですか?
オーナー「Sure」いいよん
わたし「I am happy person, I work very hard, I never late for work!」私はいつもハッピーな人間で、仕事は一生懸命、遅刻もしたことないです!

って今でも覚えてるわぁ~。

食い気味に言いましたね。そしたら、オーナーが「今日を除いてはね」って笑いながら言ってました。

そうです、思いっきり面接に遅刻したくせに、遅刻したことないと勢いよくウソをついた。うふふ。もう言う文言練習してたから、何も考えずに言っちゃったのね。

そのあと、そんなに走ってきて、やっぱりのど乾いてるだろうから、お持ち帰りでなんか好きなの注文していいよって言ってくれたので、大好きなアイス抹茶ラテを注文して帰りました。

で、1週間後くらいに電話が来て、採用!とのことでした。

この、遅刻したくせに遅刻したことない!って言ったのは、8カ月後に私がバイトを辞めるときにも思い出話としてオーナーが笑って言ってました。

遅刻したのが正解ではないけど、とにかく必死さが伝わって、アピールできた、それがわたしを印象付けられたんでしょう。

3カ月で格段に英語が伸びた理由

● 外国人の親友と出会った

確か入学して1カ月くらいたったときに、同じエージェントに通ってる男の子に、Eriにそっくりの子が、Eriの通ってる学校にいるよ!って言われたんです。

香港人の彼女(香港の人は、彼らを中国人と呼ぶのをかなり嫌うので、ここでは香港人と書かせてください)の英語名はJanet(ジャネット)だそう。

その子はレベル4のクラスで、わたしよりだいぶ体格がよいけど、髪の毛の長さとか顔の感じとか、雰囲気が似てるんだそう。

そんな自分に似てる人がいるって聞いたら気になりますよね?

で、ある日見付けたんです。放課後に、みんなが雑談できるソファーとかがある場所があるんですが、なんか一目で分かったの!(アンテナ張ってたからかな)

で、近づいて行って、あなたがJanet?って聞きました。

彼女とはそれ以来(10年以上)、今でもずーっと連絡を取り続けており、お互いのことをSisterとも呼ぶ仲です。なんかソウルメイトってこういうこと言うのかな?

で、もう急速に仲良くなりました。そして彼女はわたしがバンクーバーに来る半年くらい前から語学学校に通っていたので、とにかく友達が多かった。

ほぼ毎日その子と遊びました。そんでもちろん、その子の友達ともどんどん仲良くなって、気が付けば日本人のいないグループに毎日いました。

● 毎日がインプット&アウトプットの繰り返し

わたしは父に買ってもらったDVDをバンクーバーに持ってきていました。(今は簡単にダウンロードとかNetflixで観れる、なんて良い時代なの)

お風呂上りや、学校に行く前の準備中なのど、時間が少しでもあると聞き流しをして、時間のあるときは字幕で観て、よく出てくる単語などの意味を調べたりしていました。

プラスアルファで、授業で習った文法や、友達が使ってた言葉などを毎日どこかで使う。使うと覚える。簡単に!その環境が英語力を急激に伸ばしました。

アウトプットって本当に大切。インプットだけしてもね限界があるし、普通に忘れます。※最近ポルトガル語を勉強してますが、頭に残りにくい(年齢のせい?ガーン。)とにかく!

毎日インプットして毎日アウトプットすると、英語全然できなかったのに、普通に会話できるようになるんです。本当です!

だからみんな、英語学びたいなら留学が近道っていうんですね~。でも当たり前ですが留学すれば自然に英語ができるわけはありません。

留学中に気を付けること

1.日本人だけで集まらない

当たり前すぎて書くことでもないと思ったけどさ。

でも、頭で分かってても難しいです実際。自分で日本人とつるまない!って決めて日本出たっていうのもあったけど、やっぱり最初から外人とHi!みたいなできないもん(英語本当に出来なかったから特に)。

海外行くと、孤独感とか、英語の壁にぶち当たるし、そんなときに同じ気持ちを分かりあえる、同じ言葉や感覚をもってる人の存在は大きいのです。

もともと一人で何かするより、人と集まってワイワイするのが好きな性格だったので、とくに、日本人が集まってワイワイしてると、楽しそうで輪に入りたくなりました。

でも、ここは割り切って、心を強く持たないと、”ワーホリ行ってきました。英語は話せません”ってことになります。出会った日本人は、正直ほとんどみんな日本人同士で仲良くやってしまってました。

わたしの周りの日本人は、みーんな性格の良い人ばかりだったので、"パーティー?日本人だけ?外人いないならいかないぜ"みたいなわたしでも適当な距離でみんな仲良くしてくれたので、学校卒業したあともちょこちょこパーティーとかで会ってましたが、確実に英語力が伸びてたのは、毎日英語しか話さないわたしでした。(感じ悪いね、でも本当なの)

まとめ

長々書いちゃいましたけど、英語を話せる方法とか、箇条書きで誰もが言いそうなこと書くのは簡単だけど、1人の体験談、ストーリーとして、書いた方が心に響くときもあるかなと思って、こういった形で長々書きました。

コロナで今の時期は難しいですが、留学を考えてる方に読んで頂けて、その方の勇気に繋がれば嬉しいです。

おまけ

下の写真は、バンクーバーでわたしが働いてたカフェで独学で練習して作れるようになったラテアート。最後の最後に出来るようになったので極められずに数回しか作れなかったけど、本当に良い思い出。

頑張ってたなー自分。でも若いからとか言い訳にしない!いつでも今日が人生で1番若いわけですからね。Keep it up ですね~!

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