歌レッスン 一杯パブで引っかけて夜もレッスン@イスタンブール
今朝も朝から歌練。これまでに取り組んできた曲に加え、新しい曲”Narînê”。今までにやってきた曲はAliのバンドLaWjeのアルバムに収録されていたので聞き慣れていたが、この曲は初めて聴く曲だった。AliがColemêrgで蒐集した曲で、”Narînk”という形式の曲をやりたいというリクエストに対し提案してくれたものだ。
“Narînk”形式の歌は、花嫁が実家を出て花婿の家に向かう時に歌われる。花嫁の母親が娘を見送る悲しみと痛みを表現する歌、花嫁の美しさを称えながら導く歌、花婿の親族が歌う歌などがある。
“Narîn”は純粋無垢で若く美しい女性を形容する単語。男性には”Lawik”という単語を使う。
マカーム(旋法の体系)はヒジャーズ(D,Eb,F#,G,A)。気持ちを乗せやすいマカームだ。
15時にスタジオへ行くと、いつも借りている部屋ではデカい兄さんがものすごい勢いでRadioheadを歌っていた。するとスタジオ運営者のBurhanが「今日はこっちで」と別の部屋へ案内してくれた。その部屋はレコーディングやクリップ撮影に使っている部屋だった。「この部屋、知ってる!」
素敵な設えのその部屋で気分良く”Narînê”を始める。まずは読むことから。読みながら歌詞の意味を確認していく。美しい花嫁へのはなむけの言葉が並ぶ。「馬にしっかりつかまって」。現代でも馬で移動する村があるだろうか。
歌詞読みのあとは、一フレーズずつAliが歌うのを聞いて同じフレーズを繰り返す。練習段階では意外にシンプルなメロディーの歌かと思っていたが、そんなわけはなかった。「Tama Muzîka Kurdî(クルド音楽の味わい)」がたっぷり含まれていた。たとえば、Aの音を出すとき、Aを狙ってジャストの音程に一発でヒットさせるのはTama Muzîka Kurdîではない。少し上擦ったような感じで高めのピッチを狙う。
全くシンプルでなかった”Narînê”。めちゃくちゃいい曲だ。
レッスンの最後に、「今までやった曲を全部歌ってみよう」ということで、一通り歌う。”Nîmokê Canê”のずっと「違う」と言われている部分、なんとなく掴んだ気がして歌ってみたが、やはり違うと言われる。どの程度違うのかもわからなくて、聞いてみる。
「Ali、この部分、本当にずっと練習してして、自分では少し近づいてるかな、と思ってるんですが、どうですか?良くなってる?」
なんとも言えない感じだった。
「毎日録音して送ってみて。どうすればいいか、その都度フィードバックするよ」
やはりTama Muzîka Kurdîではないし、Qurrika Colemêrg、Dengê Colemêrg(Colemêrgの喉、Colemêrgの声)ではない。
どんなに日本語をうまく話す人も日本人のようには決して話せない。そういう話なのだと思う。
決して越えられない境界線について、こちらに来て以来ずっと考えている。どんなに焦がれてもその境界線を越えて内側へ入ることは絶対にできない。
境界線に近づけば近づくほど深まる愛と痛みを、どう捉え直しどう付き合っていけばいいのか。
そんなことをまた考えながらレッスンは終了。次回は”Serşo”という形式の歌に取り組む。今度は新郎側の儀式の時に歌う歌だ。
さて、レッスンが終わり、今日は夜にグループレッスンがあるんだけど、よかったらゲスト参加しない?と言ってもらった。もちろん喜んで参加する。
夜のレッスンまで3時間ある。Aliが「一杯ビールでも飲みに行こうぜ」と言うので近所パブへひっかけに行く。
飲みながらこんな話を聞いた。
彼は大学時代から含め、13年間Amedで暮らしていた。私が音楽学校ma musicを訪問した時に誰々に会ったよ、という話をすると、なんと、現在先生として、音楽家として、大活躍している彼らはみんなAliの生徒だったのだという。ところがある時、彼は政府の圧力でその職を解かれることになった。そしてイスタンブールへやってきたのだと。そんな悲しいことがあったなんて全く知らなかった。昔の写真を見せてもらうと、幼い頃のSaryaやHelînが写っていた。「国の状況がよくなればAmedに帰りたい?」と尋ねると「もちろん」という。「でも、イスタンブールにも新しい生徒がいるから楽しいよ」と笑う。悲しい笑顔だった。
レッスンがあるのでビールはいっぱいだけにしておき、イスティクラル通りを少しぶらぶらしてスタジオへ帰る。
グループレッスンでやる曲は”Nîrecot”という労働歌。クルド語とアッシリア語で歌われる。リズムが複雑に変化するところ、早口言葉のように歌う部分があるところ、様々な表情があり、とてもかっこよくて楽しい歌だ。
7月にAliと生徒たちでのコンサートを行うらしく、「毎回がリハーサルだと考えて」と言う。7月、私は日本だ。コンサートが6月の可能性もあったが、会場がおさえられなかったらしい。それもまた流れ。
レッスンを終えるとGernasから電話。先日収録した番組の編集が途中までできたからチェックしてほしいとのこと。メトロの中で思わず吹き出しそうになった。昭和のアイドル的な演出。オバハンやで?「めちゃめちゃいい😂」とだけ返信。見てみようじゃないか。