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Essay|世界でいちばん好きな人

今日KANさんの弾き語りコンサートに行った。

会場に入るとまだ開演前だけれど、KANさんが舞台の上でピアノの音を確認していてお客さんはそんなKANさんに特段湧き立つこともなく(みんなマスクをして無駄に喋れないというのもあっただろうけど)、まるでKANさんがピアノのウォーミングアップをするのはいつものことみたいに心地よい雰囲気で始まるのを待っていて、それはそれは素敵なディスタンスだった。

緊急事態宣言がもう少し延長されそうな東京でのライブは、ひと席ずつ空いた開催で大声で歓声を上げたりはできないけれど、コロナ禍で生の音楽に触れられる機会は長く長く潜った後の息継ぎみたいに特別な時間だ。

KANさんの楽曲はもうどれもロマンチックで愛がとても大きくて大好きなものばかりなのだけど、2006年に発表された「世界で一番好きな人」を聴くたび、毎度泣かされてしまう。大サビの前の間奏のピアノが良すぎて涙が止まらないのである。

世界でいちばん好きな人
それはあなたと言ってくれるなら
その想いがいつまでも変わらぬようにと抱きしめる

遠くで起きてる戦争は いつ終わるのかもわからない
せめてぼくらはずっと互いを 許しあい生きよう
ぼくは誰とも争わないし 誰を憎む根拠もない
ただ落ち着きを取り戻すためチラつくテレビを消そう
(「世界でいちばん好きな人」/ KAN)

フランスの南東部オートリーブ村に、ある郵便局員が33年の月日をかけて、たった一人でつくった手作りの宮殿がある。映画『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』という作品はそんな彼の一途な愛の実話を映画化したものだ。

当時、彼は43歳ぐらいで約30キロの郵便配達の道中(基本的にはいつも歩いている)気に入った石を見つけてはそれを持ち帰り、家の近くに娘のための宮殿を作り始める。「何をそんな馬鹿なことを」と村中の人たちは彼を馬鹿にしていたけれど、初めて娘が生まれたとき自分の中に湧き出る愛をうまく表現できなくて彼は誰にも譲らず、くる日もくる日も宮殿を作る。映画の中で宮殿が出来上がったとき、やっぱりわたしは涙が止められないのである。

世界でいちばん好きな人。わたしは、この「好きな人」という何も限定してない言葉がとても心地良くて気に入っている。いちばん好きな人は、恋人かもしれないし、伴侶かもしれないし、娘かもしれないし、友だちかもしれない。

世界は不穏で理不尽だけれど、好きな人を想い続けながら生きる人は驚くほどに美しい。宮殿だってたった一人でつくってしまうことができるのだから。

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