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75年の時を超えて|映画『スパイの妻』

「お見事」そう、言いたくなります。


ベネチア国際映画祭の銀獅子賞を「スパイの妻」の黒沢清監督が受賞した。日本人としては17年ぶりの快挙としてニュースを駆け巡る。

この映画の公開を知ったときから楽しみにしていたが、公開前の受賞の知らせは「はやく観たい」という期待を募らせるには十分だった。

公開してすぐ映画館に潜る。舞台は1940年。日本で戦争があった時代の中で圧倒的なリアリティをもってフィクションを描き、嘘みたいな出来事が往々にして起きる現実の中で真理をつく映画表現に真髄をみた。まさにお見事。“創作とはこうあるべき”を見せてもらったような気がした。

本作が国際的に評価されたこと、この受賞をきっかけに多くの国で「日本映画」として様々な人たちが観ることを想像すると、なにもしていない私までとても嬉しい。


この爽快さを、この驚きを、世界各国の人と共有できることに、テンションがあがる。

『スパイの妻』
(監督:黒沢清、主演:蒼井優/2020年)


1940年代の時代を描くこと

夫の優作が満州でみた日本軍の恐ろしい行いを世界に知らしめようとすることをきっかけに物語は進んでいく。夫が見たものとはなんだったのか。夫は何をしようとしているのか。

戦争に触れることを避けてこの物語は成り立たない。むしろ戦争を真ん中において、その時代に生きる人を描いたものだ。当時の庶民が「加害者」として戦争に触れる物語ができないか、と黒沢清監督は映画をつくったと語る。庶民の側から戦争に触れて「加害者」としてどう描いていくのか、どう戦争を捉えて意味づけするかにチャレンジしたと。

私が大いに驚き、共感したのはまさにこの点で、終戦についての解釈としてはこんなにも明快なものはなかった。75年の時が経ち新しい視点で描かれる結論に笑ってしまう。やってくれたじゃないか、と。


女優、蒼井優さんの佇まいの美しさ

この映画の主人公は、正義をみせた夫でなく、その隣にいた妻だ。高橋一生さんと蒼井優さんという、いま日本で圧倒的に実力のある俳優さんが黒沢清監督の演出を受け取って昇華し、しかもテーマが心理サスペンスというのだから、見応えがたっぷりすぎる。


建前に沿って生きる男と、大義などに左右されず自分から沸き立つものに生きる女を描くことで、より浮き彫りになる社会と個人。不穏な社会の中で決して呑まれず凜として生きていく女の強さがこれ以上ないほどに美しい。

昭和初期の衣装と美術に、巧みな照明、その中で含みのある台詞をもって私たちを惑わす。蒼井優さん演じる聡子のセリフはいちいち耳にとまり、印象的だ。

「私は狂ってなどいません。それがこの世界では狂っているということなのでしょう」


黒沢清監督はインタビューで、娯楽映画と芸術映画の線引きに悩むことはあるが、世界に出てみるとそんな垣根はないと気づかされると話されていた。僕が作る映画は「日本映画」でしかないと。

この作品が「日本映画」として世界に届くことに心からの拍手を。

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