見出し画像

【SHElikes課題】常識が偏見を呼び、事実が真実をあいまいにしている

※こちらはShelikesライティング講座の課題案件として執筆したものです。課題内容:「好きな本をおすすめする」


あなたは、新聞やニュースで「事件があった」と聞いたら、どんなイメージを受けるだろうか。どんな事件なのかと気になり、加害者と被害者は誰なのかと疑問が浮かぶと思う。

しかし、「傷つけた人」と「傷つけられた人」という言葉の裏には、みえない背景と真実が隠れているのかもしれない。


見えているものだけが「正義」だと判断して生きていないか



わたしが勧めたい本、凪良 ゆう著『流浪の月 (創元文芸文庫)』の冒頭は、幼い少女「更紗(さらさ)」の誘拐事件から始まった。犯人として逮捕されたのは、19歳の青年「文(ふみ)」。ひとりで公園にいた更紗に「うちにくる?」と声をかけたのがきっかけだった。

数か月後、更紗は警察に保護されたが、彼女は「誘拐をされた小学生」という同情を、文は「小学生を誘拐したロリコン大学生」というレッテルを貼られ、二人は野次馬からデジタルタトゥーという消えない烙印を押される。

一般的に、文のとった行動は犯罪だとみなされるだろう。しかし、更紗にとっては違っていた。父を亡くし、母に捨てられた幼い彼女にとって、自分の居場所を作ったのが文だった。「うちにくる?」という彼の言葉は、息苦しさから解放してくれる言葉だったのだ。

そして文も、奔放な性格の更紗に魅力を感じ、互いに互いの欠けているものを埋めていく生活を送っていた。彼は更紗に何も求めず、強制せず、否定しない。ただ穏やかな時間だけを過ごしている二人の時間は、連日ニュース番組で報道されていた「誘拐事件」という文面からは伺えない。それと反するように、「加害者」と「被害者」という表面上の関係だけが伝播して、更紗と文を苦しめていったのだ。

事実と真実は違う。被害者であるという「事実」が、そして善意から向けられる同情が、更紗を傷つけた。彼女にとって文は、唯一の拠り所であり、大切な人というのが「真実」だからだ。

同じ痛みを分かってくれる人がここにいる。別の人に事実を知ってもらうより、真実を知ってくれる人がひとりいればいい——。

まるで、わたしたちが日常でみているニュースの裏側のようだと感じた。もし、わたしが「流浪の月」に出てくる登場人物のひとりであったなら、ただ報道されたニュースを鵜呑みにして、更紗のことを「被害者」、文のことを「加害者」だと感じただろう。

真実を伝えたくても、うまく言葉が出てこない幼い更紗。そんな彼女の様子をみて「犯罪者への恐怖心が勝っているんだ」と慰めの言葉をかける第三者。心配するからこそ、誰も更紗の話には耳を傾けない。真実は更紗と文だけが知っている。

子どもを救う方法は、ただ目にみえる方法だけとは限らないのかもしれない。その可能性に、わたしは強いショックを受けた。

主人公二人がともに越えてきた道筋は、ときに善意という刃物に立ち向かい、ときに常識という壁にぶつかるという険しいものだった。
恋人でも友人でもない、名前を持たない関係。
どうしようもない理不尽さのなかで寄り添いながら歩いていく二人の姿は、今わたしたちの目の前に広がっている「こうあるべき」「こうに違いない」という「常識」から切り離してくれる。


『流浪の月』を読もうと思ったきっかけ


わたしはこの本を読んで、正義とは何か? と疑問符を打った。今まで自分の目でみてきたものが、あいまいな形になっていくような感覚へ陥った。己を振り返り、一度立ち止まるきっかけを作ってくれ、そして「そばにいてくれる人の大切さ」を再認識させてくれた作品だ。

この本を書店で見かけたのは、2019年冬。丁度『流浪の月』が本屋大賞を受賞するという偉業を成し遂げた年でもあり、新型コロナウイルスが流行し始めた年でもあった。瞬く間にトップニュースとなった未知のウイルスは、2022年現在もわたしたちにさまざまな影響を与え続けている。

終わりのみえない戦いに不安や恐怖が募り、誤った情報が拡散したことが何度もあった。しかし、「誤っている」と気が付くのに随分と時間がかかってしまう。そうしているうちに誤情報がどんどん伝播していって、さらにデマが生まれていった。

一体なにを信じればいいのか? 不明瞭な焦燥感から、連日流れるニュースが慌ただしいように感じられた。息苦しい毎日のなか、わたしの道しるべとなっていたのが『流浪の月』だ。

著者である凪良さんは、これまで主にボーイズラブ小説というジャンルで活躍されてきたのだそうだ。個人的にはあまり馴染みのないジャンルで、今まで触れる機会はなかったが、『流浪の月』をきっかけに、わたしは彼女のファンになった。凪良さんの作品を読んでいると、静謐のなかに入り混じるひとしずくの不穏に、流れるような暖かさが感じられる。世間と相容れられない登場人物の心理描写が、非常に繊細で丁寧なのだ。


こうであるべきという常識は偏見を呼び、事実は真実をあいまいにしている


わたしは、今まで選り好みをして図書に触れてきたことを後悔をしている。己の視野を狭めるのも、何かのきっかけを作るのも、わたし自身だ。表紙という壁でみえない中身は、実際に覗いてみないと分からない。

事実と真実は違う。昨今の日常は、さまざまなマスメディアからの情報により「こうである」という事実に振り回され、真実が濁りがちだ。

本当にそうだろうか? 正しいのだろうか? その真実は?
もしあなたが世の中の苦しさを感じているのなら、読んでほしい一冊だ。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?