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映画レビュー「日曜日には鼠を殺せ」

先生からずっとお借りしているDVDをそろそろ返さねばと思い、「日曜日には鼠を殺せ」(フレッド・ジンネマン監督 1964年)を鑑賞。二度目の鑑賞となる。

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わたしにとって本作は、何よりも先生の著書やお話の中で親しんできた映画だ。スペインとフランスの国境にあるピレネー山脈をあちらからこちらへ、こちらからあちらへと越境するシーンが二度登場する。先生は三度に渡ってピレネーを訪れ、映画の終盤で主人公のマヌエル・アルティゲス(グレゴリー・ペック)が歩いて越えた“ロランの切り通し”を探索した。三度目の正直でそこを見つけたのだという、まるで冒険物語のような語りにのめり込まざるを得ないのだ。

* * *

映画はスペイン内戦(1936〜1939年)の映像から始まる。人民戦線側と右派反乱軍側との戦いは、後者のファシスト勢力の勝利にて終わり、スペインはフランコ政権によって独裁の時代に突入した。
人民側の兵士たちはピレネーを越えてフランスに亡命するが、その際武器は没収される。連なっていたうち一人の兵士が、列を外れてスペイン側へ戻ろうとして仲間に止められる。それが主人公マヌエルである。

マヌエルをたずねてピレネーを越える少年がいる。マヌエルのかつての同志、ホセ・ダゲスの息子パコである。ホセはマヌエルの居場所を吐くようにと拷問にかけられて殺された。
内戦終結から20年が経ち、もはやマヌエルはかつての闘志を失っている。パコはビニョラスを殺してくれとマヌエルに頼むが、マヌエルは曖昧な表情を浮かべるばかりだ。スペイン本国で彼は指名手配されており、警察署長のビニョラス(アンソニー・クイン)がマヌエル母の危篤をだしに彼を誘き寄せる罠を張っていた。
スペインの状況をマヌエルに知らせてくれるのは古くからの仲間であるカルロスという男。彼が母の危篤の報をもたらす。

マヌエルの母・ピラールは、臨終に際して神父に息子への伝言を託す。これは罠だと。戻ってはいけないと。立場上協力できないフランシスコ神父(オマー・シャリフ)は、ピラールに「神の法と署長の法(=法律)、どちらに従うの?」と迫られ心が揺れる。

内戦時に教会は人民側の敵対勢力だった。だからピラールは神に祈ることはないし、マヌエルやパコが神父の言葉を信用することもない。
「母が神父を頼るはずがない」
「神父が命がけで俺を助けようとするはずがない」

パコがマヌエルの不在時に訪ねてきたフランシスコ神父から受け取った手紙を破いてトイレに流そうとしたのも、子どもなりに神父への不信があったからこそだ。だが、そのパコを信じられないマヌエル。彼は亡命者であり、スペイン警察からすれば指名手配犯である。簡単に人を信じられないのは当然だ。しかしカルロスの裏切りを確信するに至り、フランシスコ神父とのあいだにつかの間の友情を結ぶのだ。

ロルカ出身であるという共通点を知ったマヌエルは、フランシスコ神父の両親が兵士に殺されたと聞く。両親は中立だった。殺したのはどちらの兵士だったかとマヌエルは問う。暗闇だったからわからないと神父。
「人民側じゃない」と言ったマヌエルに、神父は「どう違いが?」。両親は殺された。どちらの勢力が殺したにしろ、両親が殺された事実は動かないのだという指摘に、マヌエルには返す言葉が見つからない。
このやり取りがマヌエルにとって転機となったのではないか。スペインに戻ったらこうやって言え、そうすれば捕まらないからという入れ知恵にも応じようとしないフランシスコ神父。自分の身を危険に晒してまでも自分を助けようとする神父の姿に心動かされたに違いない。

それからのマヌエルはかつての闘志を取り戻したかのように見える。母はもう死んでおり、ビニョラス署長の罠だとわかっている。それでも自分は帰郷する。
朝から酒を飲んでいるペドロの元を訪れ「武器を掘り起こすぞ」と言う。このレストランでのウェイトレスとの短いやり取りも、長年ベッドに寝転んでばかりだったマヌエルとは目が違っていた。
ペドロも目を輝かせ、20年前のように敵と戦うんだと嬉しそうな顔をする(が、マヌエルは一人でいく)。

マヌエルとビニョラスの対決は、形の上ではビニョラスの勝利で終わる。ただし映画は、ビニョラスにこう語らせる。奴は、母親がもう死んでいることも、これが罠であることもわかっていた。それなのに「なぜ帰郷した?」

わたしはこの映画を、マヌエルの自己回復の物語だと解釈する。20年にわたる亡命生活をこれ以上続けることを、彼はもうやめたいと思ったのだ。こんな状態は生きているとは言えないと思ったのではないか。
母の死、パコの登場、そして何よりもフランシスコ神父との交流が契機となって、マヌエルはかつての自分を取り戻したのだ。
ビニョラス署長が「なぜ帰郷した?」と口にする表情には、宿願を果たした勝者の充実感は見えなかった。

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