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天神祭と都市の彩り

大阪暮らしの今昔館で「天神祭と都市の彩り」を見た。

天神祭と都市の彩りとは


日本三大祭のひとつとして数えられ、多くの人が参加する天神祭。その主催は南森町にある大阪天満宮である。

天満宮御鎮座の翌々年、天暦5年(951)に社頭の浜から神鉾を流し、流れついた浜に斎場を設け、「禊祓い・みそぎはらい」を行ないました。 その折、神領民が船を仕立てて奉迎したのが天神祭の始まりとされ、一千年の歴史を誇っています。 それ以来、船の数も増え、豊臣秀吉が大坂城を築いた頃には船渡御の形が整ってきました。 天下の台所と呼ばれた元禄時代(17世紀後半)以降、天神祭は浪速の繁栄のシンボルとして隆盛をきわめ、 享保年間(18世紀前半)には「講」という祭りを支える組織が誕生し、新たにお迎え人形も登場し、祭りの豪華さは全国に名を馳せます。【https://osakatemmangu.or.jp/saijireki/tjm"大阪天満宮"「天神祭」(2023-08-15)】


ここではその祭りに使われた道具や、かつての天神祭を描いた絵を展示し、今とは異なる天神祭の姿を見せる。

お迎え人形


この展示の目玉はふたつあって、ひとつはお迎え人形である。
展示室に入ってすぐに、お迎え人形が飾られている。羽柴秀吉をかたどったもので、細かいところまで丁寧に作られている。
お迎え人形とは江戸から大正にかけて、天神祭の船の上に乗せられていた人形である。
面白いのはその人形に選ばれる人間たちだ。
牛若丸、楠木正成、果ては関羽まで、当時の人々に人気のあったヒーローを船に飾り付けている。時代や国の違い、実在非実在はお構いなしである。
これらの人物は、歌舞伎や人形浄瑠璃で人気のあったキャラクターだそうだ。
いわば当時の大乱闘スマッシュブラザーズやFateシリーズと言ったところか。
天孫降臨神話に出てくる神、猿田彦がイケメンなのが気になったが、よく考えたら私が手塚治虫『火の鳥』の猿田彦のイメージが強いだけだった。フィクションの影響は大きい。
安部保名という人物のことを知らなかったのでその場で検索したら、狐と結婚した伝説のある人ということだった。浄瑠璃や歌舞伎の題材となり、江戸時代は広く知られたキャラクターだったらしい。
なにぶんフィクションの中の話なので、現実にはそうでなかった可能性が高いが。
お迎え人形は、現在は船に乗らず、地上に飾られている。

大正の天神祭を描く絵巻物

この展示のもうひとつの目玉は、「夏祭船渡御図」という絵巻物である。
大正の時代に描かれたもので、船に乗って天神祭をやる側から陸上を見る形になっている。
大阪府庁、日本銀行大阪支店、中之島図書館など、今の大阪のランドマークになっているところもある。
現代も続く歌舞伎、芸能関連の会社松竹も船を出している。

祭りも変容していく


お迎え人形は船に乗せることはなくなり、代わりに天神祭にまつわる各地域で展示されるようになった。

私は大阪育ちなのにまともに天神祭には行ったことがない。天神祭当日になると「花火が上がっているなあ」「夜店が出ているなあ」と思っているだけだった。
しかしこうして展示を見ていると、お祭りも時代によって変容しており、その変容に私自身も無関係ではないのだなと思う。
小さい展示ではあるが、面白かった。

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