Re:AKSB ライナーノーツ
AKSBというコンピレーションアルバムがある。
所謂アキシブ系をまとめたコンピレーションアルバム。アキシブ系とはアニメ・ゲーム・萌えなどの秋葉系的意匠とフレンチポップス・ジャズ・ラウンジなどの渋谷系的意匠を組み合わせた音楽ジャンルだ。代表曲にはネコミミモードがある。
もっとも、ジャンルの提唱者がいるわけでもなく明確な定義があるわけでもない。シティポップ以上に曖昧なジャンルである。
しかしそんな「アキシブ系」が何たるかをクリティカルに指摘した名盤がAKSB。アキシブ系入門にはうってつけと言えよう。
しかしながらこのアルバムの発売は2007年。この後にも数々のアキシブ系の名曲が作られ、またアキシブ系自体も複雑に変化した。つまりAKSBだけでは足りない部分が出てきてしまったのだ。
そこで私が作ったのがこのRe:AKSBというプレイリスト。
2007年以降に発表された渋谷系/ポスト渋谷系を感じる秋葉系楽曲で構成されたプレイリストである。AKSBの補完を狙い、およそ一年くらいで曲の選定をした。是非アキシブ系の入門として活用してほしい。
そしてAKSBのライナーに倣い、この記事ではRe:AKSBの各曲に解説を付していく。
はちみつと時空旅行。/遥そら (2022)
遥そらは日本の声優でVTuber。この曲は彼女の1stアルバムにひっそり収録されている。
「もしも~し、聴こえますか?」の声で始まり、様々なASMR的サンプリングが施されたこの楽曲はCornelius"Mic Check"の秋葉系再解釈と捉えることに異存はないだろう。昨今VTuberを中心に広がっているASMRの音世界はFantasmaのそれと同質であり、それもまたアキシブ系の一形態なのかもしれない。
コーラスパートが印象的な間奏の美しさも特筆すべきである。これもまたCorneliusを彷彿とさせる。
恋愛サーキュレーション/千石撫子(花澤香菜) (2009)
最早説明不要の化物語ED曲。アキシブ系のみならず、アニソン、ひいては日本音楽を代表すると言っても過言ではない一曲である。秋葉系の萌えと渋谷系の遊び心が結びついた名曲。
口語調でつらつらと語られるラップはスチャダラパーやかせきさいだぁなどの系譜上にあると言っても良いだろう。文化系ラップで語られる「塵も積もれば大和撫子」の言葉遊びはかせきさいだぁ「苦悩の人」における「為すがままにナスがパパに」を彷彿とさせる。
ごはんの練習/佐藤利奈と大亀あすか (2015)
アキシブ系が意識するのは本家渋谷系だけではない。ポスト渋谷系からアキシブ系への影響も、AKSBの発売後かなりのウェイトを占めることとなった。
アニソンであればこの曲が代表的だろう。幸腹グラフィティ提供画面BGM。「ごはんの練習」というだけあって実際に食器を使って演奏されている、不思議な一曲。多分にトイポップ的であり、ポスト渋谷系に影響されたアキシブ系と捉えることができるはずだ。
「幸腹グラフィティ」のOP「笑顔になる」もまた王道のアキシブ系楽曲であり、こちらも必聴。
あなたしか見えない/中多紗江 (今野宏美) (2010)
恋愛ゲームとして著名なアマガミのTVアニメで使用された曲。恋愛ゲームには90年代ガールポップや平成シティポップとして解釈できる曲が多いが、この楽曲も渋谷系の空気感と共にそちらのエッセンスも多分に感じる。
それを下支えするのがボサノヴァ。ボサノヴァはシティポップと渋谷系に共通して存在する基盤である。それを恋愛ゲーム曲かつアニメ挿入歌であるこの楽曲に合わせることで、アキシブ系とも平成シティポップとも取れる独特の空気感が生み出されているのだ。ジャンルの過渡期においてのみ生み出されうる、数あるアキシブ系の中でも特異な楽曲。
neko*neko-日向美ビタースイーツ♪ (2015)
恋愛サーキュレーションと共に現代のアキシブ系を定義づけている一曲。
ウォーキングベースやそれに乗せられたポップなメロディからフリッパーズ・ギターのような空気を醸し出しつつ、繰り返される「ネコ耳」のコーラスなどの秋葉系要素でそれを異化させるやり方は、渋谷系自体を引用する「渋谷系の渋谷系」を生み出そうとしているようにも見える。これはネオ渋谷系/ポスト渋谷系一派としてのアキシブ系の姿勢をよく表している。
初出は音楽ゲーム・BeatStream。ちなみに本家AKSBにはゲーム音楽は収録されていないが、AKSB発売後ゲーム音楽のアキシブ系も増えている。
ときめきランデヴー/吉田優子・千代田桃(小原好美・鬼頭明里) (2022)
近年のアキシブ系での代表的な一曲と言えばこの「ときめきランデヴー」だろう。まちかどまぞく2期OP曲。アニメの主題歌としてはかなり意欲的な作品と言えるのではないだろうか。
ジャズ風の複雑で浮遊感のあるコード進行が計算された楽曲構成の上で蒔絵のように次々に繰り広げられる様はCymbalsとLampを足し合わせたよう。小原好美・鬼頭明里両氏の歌唱技術も相まって、郷愁と刺激が同時に感じられる一曲に仕上がっている。
部屋とジャングル/月ノ美兎 (2021)
VTuberを代表する存在である月ノ美兎のアルバムから。作曲は元キリンジの堀込泰行氏。キリンジは他にもアキシブ的な仕事がいくつかあり、例えば塊魂トリビュートのサントラに参加している。
堀込氏得意のひねくれポップなメロディラインと月ノ美兎の捉えようのないキャラクターとが重なる一曲。ネットの海の砂浜でかかっていそうなレゲエ調のアレンジも素晴らしく、全てが高度に組み合わさっている楽曲。
甘い恋人/カジヒデキ (2008)
映画版デトロイト・メタル・シティ(通称DMC)の挿入歌。今作中で渋谷系はメタルと対をなす「オサレポップス」のアイコンとして使われ、主人公が溺愛している。この楽曲は作中の「渋谷系」の象徴のような存在である。
漫画内でも歌詞だけ登場しており、それを渋谷系の代表たるカジヒデキが音源化した。今回選んだものの中では最も「渋谷系とは何ぞや」という問題に向き合った曲であることは間違いない。
そして出来上がったのは、あまりに渋谷系らしい渋谷系ソングである。自分自身を意識しすぎて魂どころか中心さえなくなってしまった、あまりにも空虚な渋谷系といえるだろう。そしてこの中心のなさはDMCの主人公の受容している「渋谷系」を非常によく表している。渋谷系が持っていた「先鋭的なポップス」の称号は既に過去のものであり、アキシブ系を含めたポスト渋谷系に受け継がれたことを痛感させる楽曲。
恋とはどんなもの?/Choro Club (2009)
ここでインタールード的楽曲。ARIA the Animationの挿入曲。
ARIA the Animationではブラジルのジャズとも呼ばれる「ショーロ」という、日本だと決してメジャーではないジャンルを大胆にもアニメ全編通してBGMに採用している。しかしながらヴェネツィア風の世界を船で行く世界観と非常にマッチしており、アニメファンは口を揃えてこのサントラを名盤と呼ぶほど。この「知られざる良い音楽を衆目させる」という思想は渋谷系に通じる。
アキシブターンアラウンド/フーリンキャットマーク (2017)
フーリンキャットマークはアキシブ系の歴史の中で特に重要な存在といえるであろう。なぜなら彼らは「アキシブ系のためのアキシブ」を提唱しているのである。
アキシブ系は元々アニメやゲームなどに付随する音楽である。ゲームやアニメとしての秋葉系文化と良質なポップスとしての渋谷系とが主題歌として結びついた音楽、ともいえるだろう。しかしフーリンキャットマークは個人的音楽活動として「アキシブ」を標榜し、独立したアキシブ系音楽を作っているのだ。
「アニソンとしてのアキシブ」から「音楽形態としてのアキシブ」へ。
これは「神のための芸術」から「芸術自身のための芸術」への変革が起きた近代芸術に匹敵する。フーリンキャットマークによってアキシブ系は真の意味で自由なジャンルとなったのだ。そして過去の個人による音楽活動もアキシブ系として扱えることを、彼らは暗に語っている。
そしてRe:AKSBもこの曲以降「独立した音楽」としてのアキシブ系に迫る。
Tokyo/Leat'eq (2019)
ウクライナのプロデューサーによる一曲。Tik Tokでバズったことにより、全世界的に知られることになった。
メロディアスなビートの上にアニメ声で「にゃん、1,2,3」とポエトリーが入るのはさながら現代のネコミミモード。これもアニメ等の文脈なしに発生した音楽であり、現代のポップスにおけるアキシブ系の影響力を見て取れる。
そしてこれの題がTokyoなのが面白い。外国人にとって東京とは秋葉原と渋谷に他ならないのかもしれない。
ふかふかおふとん/Snail's House (2016)
kawaii future bassもまた、アキシブ系を個人のものとして扱えるようにしたジャンルに他ならない。capsuleなどのcontemode系音楽家からの影響はもちろんのこと、アニメ文化やゲームミュージックも参考にして組みあがったのがkawaii future bassといえる。
時にサントラBGMのように、時にエレクトロらしく振舞うSnail's Houseのこの楽曲は、まさにその思想を体現したものと言える。
imoutoidやtofubeatsなどSnail's House周辺のネットレーベル系の楽曲、そしてロリコアやアニメサンプリングのVaporwaveなども同様にアキシブ系の文脈において捉えることもできるはずだ。
シュレディンガイガーのこねこ/daniwell feat. 初音ミク (2011)
AKSB以降の日本音楽界での最も大きな動きはボーカロイドの登場に他ならない。ボーカロイドキャラクター自身に既に「秋葉系」が内包されているため、作曲者本人の意図と関係なくアキシブ系として扱えてしまう楽曲も幾つか存在する。その例としてまずこちらの曲。
作曲者のdaniwellは代表曲「nyan cat」で知られるボカロP。彼はPhilip Glassを彷彿とさせるミニマル音楽の要素を多分に取り入れた、非常に前衛的な作風の持ち主である。しかしそれがボーカロイドと組み合わさることで一種の「電波ソング」としての性格も現れ、尖った作風ながら多くの人に受け入れられた。
今作は彼自身のミニマル・ミュージック的作風に加え「シュレディンガーの猫」などの科学用語をもじったタイトルや歌詞など、「権威的なものを若者のオモチャにする」渋谷系の思想を色濃く受け継いだボーカロイド曲と言えるだろう。
ネットチルナノグ/lumo (2014)
ボーカロイドでの優れた例としてlumoを挙げないわけにはいかない。Fantasma以降のtrattoriaレーベルに似た混沌とした作風のlumoはボカロPの中でも特異な存在である。執拗なカットアップや変拍子に乗せた、どこか愛嬌のあるメロディラインは90年代後期のCorneliusとトクマルシューゴが共作しているかのようである。
今作では特にトクマルシューゴを意識した作風。カットアップは鳴りを潜めているものの、楽し気な変拍子は彼の作品の中でも指折りの完成度。祝祭のような華やかさと同居する達観した落ち着きは他のボカロPにはなかなか見受けられない。渋谷系やポスト渋谷系に立脚したボーカロイド曲の一つの完成形であると言える。
Zzz(Bossa Nova Version)/佐咲紗花 (2011)
ヒャダインこと前山田健一による日常のED曲のバージョン違い。題名はもとより、アマチュアとしてもプロとしても渋谷系チルドレンとして活躍するヒャダインの曲を今回の締めに使わせていただいた。
ヒャダインは派手で過剰な曲を作るイメージがあるが、この楽曲ではうって変わって非常にメロウ。敬愛するというピチカートファイブへの憧憬を感じる。Fly me to the Moonを明らかに意識したギターソロも、引用が特徴である渋谷系らしい。
もしかすると、彼の普段の作風にある過剰さもFantasmaやさえらジャポンから来ているのかもしれない。
以上15曲。是非お聴きください。
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