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"ファン" の構造 解体新書 ~エピソードを添えて~

今回はファンについて考えていきたいと思います!

【エピソード編】→【解体新書編】の2部構成でお送りします!

【エピソード編】めぐもりのオタク遍歴

今思えば、一番最初の推しメンは、ポケモンマスターのサトシだったと思います。ポケモンマスターを志し、日々心身ともにトレーニングに憧れていました。あの時の没入感はまさに、ファンであったと感じる時間でした。

その後、小4~高校生くらいまで、ジャニーズにハマり、中2で錦戸亮さんに出会ってからは、ずっと錦戸さんを応援していました。

そのころは、狂気の沙汰かとお思うほどで、実家中の壁という壁、天井までもが錦戸さんの顔がある切り抜きで埋め尽くされていましたww

推し方は色々とあるのですが、私は典型的な切り抜きオタで、雑誌の切り抜きを中心に収集活動を行なっていました。もちろんライブも行きますが、遠征やDVDコンプのようなことはしていませんでした。中学生でお金がなかったというのもありますが、雑誌で語られる錦戸さんの言葉に助けられていた部分もあります。

アイドル雑誌のコメントは、思ったよりも示唆的で中学生を励ましてくれるようなことが書いてあるんです。のぞいたことがない人にとっては少し意外かもしれません。

例えば、「やりたいことが見つからないのですが、どうしたらいいですか?」といった読者からの質問に、錦戸さんは「別に焦る必要はない。今は備える時期。何かあった時にこんなことができたらいいかもな、と自分が楽しめる範囲で準備をしておけばいい。やりたいことと出会った時、それにはすぐ気付くことができる。そんな日を楽しみにできる、今は遠足前のような気持ちでおったらええんちゃうかな。」(後半の関西弁は適当に書いてみましたが、全体的に関西弁での、こんな雰囲気のことをいっていたと思います。)

サトシから始まり、もちろん錦戸さんもルックスがかっこいいという、思春期ならではの入りもありましたが、私は自分を引っ張っていってくれる、リーダーのような存在を推す傾向があるようです。

白石麻衣さんとの「出会い」と「別れ」

そんなこんなで大学生。中三〜高校生で、周りに女性アイドルが好きな人たちも多く、特に高校は女子校だったので、よく一緒にAKB48を踊ってワイワイしていました。

その流れで高校三年生の時、早めに受験が終わった私は、あるアイドルグループに出会いました。

乃木坂46です。

出てきた頃の彼女たちは、まだ初々しくて、どこか不安もありながら舞台に立っていました。

最初の頃は生駒ちゃんが可愛いかな、と思って、Zeep東京でファンの証をもらった時は、生駒ちゃんで登録していたのを覚えています。

そこから大学生活が始まり、私のオタ活は一旦収束していました。

しかしながら、大学のある出来事をきっかけに、また乃木坂46と再会することになります。

大学一年生の夏、その出来事は起きました。ここでは詳細を記載しませんが、これをきっかけに、その日から私は大学に行けなくなり、小学校の頃から毎月28日きっかりにきていた月経も、突然止まってしまい、3ヶ月後に病院にいってなんとか治癒できる、そんな心身状態でした。

周りからの理解も得られず、全てが不調で、気づけば、私は部屋に引きこもりきりになっていました。

部屋は常に薄暗く、ご飯を食べる気力すらなく、部屋も汚いまま。田舎の大学。音もなく、夜は学生の騒ぎ声だけ聞こえてくる。そんな情景でした。

そこに入ってくる光はテレビだけでした。薄暗い部屋の中で、テレビが発する光が、絶えず変化しながら射し込んでくる。笑い合う声と、どこか懐かしい会話。私が唯一、社会と繋がれるような、そんな箱でした。

そんな鬱々とした生活を過ごして約1年半ほど経った頃。ある番組の放送に出会います。乃木坂ってどこ?という番組です。

最初はなんとなく、二期生が入ってきていて驚いて、どうなったのかみていただけでした。しかし、数年前の私と、前を向いて進んでいる彼女たちを重ねて、気づけば、涙が止まらなくなっていました。

私の眼に映る彼女たちの姿は輝いていて、かっこよかった。

その中でも一際、目を引く存在だったのが白石麻衣さんです。

自信がないところもありながらも、明るく周りを和ませながら、舞台に立ち続ける、その姿や眼差し、各所での彼女の言葉は、私に強く「同じ女性として、私のせいで、こんな素敵な人たちが、女性はこれだからだめだ、と言われるのなんて嫌だ。」「そんなことはないかもしれないけど、前を向いてかっこいいと思われるような存在になりたい。」「色々な属性やアイデンティティを失ってしまって、どうしたらいいかわからないけど、私には "女性" という属性が残されている。」「そこに恥じないように、今を精一杯、責任を持って進めていきたい。」そう思いました。

以来、Twitterの乃木オタ垢を開設し、オタクとの交流(TL/タイムラインは半狂乱w)、ライブや握手会の参加など、色々な経験をしました。

特によかったのは、毎週のオタクとの交流が行われる乃木どこをみながらの半狂乱TLはマイナス地点にいた私に喝を入れる、活力となるアウトプットの場でした。

対処について感動している言葉は、どれもポジティブで、前に進める言葉ばかりでした。「かっこいい!!」「可愛い!!!!」「最THE高」

さらにどっぷりとオタクと化して行った握手会では、初期症状として握手の間の時間認知力が欠乏する、神経がやられて歯が痛くなり、震えが止まらなくなり、最終的に痺れが取れない、などの症状が見られました。ライブで近くまで白石さんがきてくれた時には、もはや悪寒が走り、真夏のすし詰め状態の会場で寒さに凍えていました。

最後の握手会は、本当に、今でも鮮明に覚えています。大学院入学を前にして、大学院に入ったら握手会には来れないなと思い、最後は意を決して30枚の握手券を当てることに成功!「今、話したい誰かがいる」のCDを手に入れました。

5部制で、私は朝から晩まで白石麻衣ちゃんの握手レーンに並びます。

1部は鍵開け(先頭に並んで最初に握手をすること)ができなかったものの、2部からは全て鍵開け。

途中から周りのスタッフさんも、白石麻衣さんも私の顔を覚えてくれて、応援してくれるようになっていました。

「白石麻衣ちゃんのおかげでこの春卒業することができる。いなかったら、退学してトラックの運転手になろうかと思っていた。」

「白石麻衣ちゃんの姿を見たからここまでこられた。本当にかっこいい存在です。」

最後の5部の握手。

私は今までの全ての思いを込めて伝えました。

「今まで、白石麻衣ちゃんに応援してもらえたおかげで、ここまでこれました。これからは大学院で握手会に来ることもできなくなるかもしれません。でも、私はまいちゃんのおかげでこんなに元気に、強くなることができました。これからは私がまいちゃんを応援できる女性になります。これからも応援してます。今までも、これからも、ずっと、大好きです。」

しっかり言い切って、戻って、帰ってきて、オタク友達の顔を見つけるなり、号泣してしまいました。ちゃんと言い切れてよかった。きむきむ(オタク友達)、ハンカチ貸してくれてありがとう。。

その後握手会の券を取ろうと覗いてみるも、出席すらない状況で、本当に天下のアイドルになったのだなと思いました。

そんな白石麻衣さんの卒業コンサート。コロナということでライブ配信でしたが、生配信におけるチケット販売数は国内外合わせて約23万枚、視聴者数は約70万人にも及んだようです。オタク友達の家で3人で盛り上がり、そのままブルーレイが見られるホテルで朝まで騒ぎ明かしましたw

アンコール前、最後のガールズルール(略称:ガルル)という曲では、「ああ、これが最後のガルルなんだ。。」と、号泣しながら初めて掛け声を行う、という体験をしました。こんな悲しいガルルは初めてだ、とオタク友達と夜な夜な語り合いました。

偶然だと思いますが、卒業後の今年のYoutubeチャンネルで、私が最後にまいちゃんとの握手の時に話したような内容を言ってくれていたのが、勝手にとっても嬉しかったです。。。!

「愛されてきたから、今度は自分が愛する側になる」

なんていい人なんだと改めて思わされました。。!!!

将来、白石麻衣さんと同じ数だけ書籍を書いて、全てのあとがきに白石麻衣さんへの謝辞の言葉を入れるのが私の人生の大きな目標の一つです!

【解体新書編】ファンという構造

そんなファンという存在について、細かく見ていこうと思います!

ファンとは何か

みなさんがファンという言葉と初めて出会ったのはいつでしょうか。

小学校の時に好きな芸能人ができて「ファンクラブ」というものがあることを知り、自分はこの対象の「ファン」であると自認が生まれてきたのではないかと私は想像しています。

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Wikipediaで調べても抽象的で「特定の対象に対して熱狂している」という状態であれば「ファン」であると言えそうです。

ファンの社会学

なぜ「熱狂する」状態となるのか、色々な要素で分解ができそうですね。

謎部えむさんの「あなたを応援したくなる5つの要因とは? 進化心理学で考察」にて、要素分解が説明されていてとても勉強になります。

こちらでも記載があるように、「ファン」については広く社会学を中心に議論されてきました。

「社会学」というのは、人と人との関係が組織化、制度化されたもの、すなわち「社会」について深める学問で、ジェンダーやコミュニティ形成、地域社会などに関するトピックスが多い印象のある学問領域です。

「ファン」となり、応援するきっかけの一つとして謎部えむさんは「同じ集団であると感じるかどうか」と言う点に注目して議論していました。そこで、私も「同じグループであるという認知」について考えていきたいと思います。

同じグループであるとは何か

「同じグループであると認識できている」これは非常に面白いトピックスですね。

私個人として、動物の集団に関する研究を修士の時に行なっていた関係で、話したいアプローチはたくさんありますが笑

この辺は検討すべき要素が多すぎるため、ここからはいくつかの事例に基づいて考察していきます。

今回は初めと言うこともあり、2019年以降の日本語の文献に限って調べてみました。

1) スポーツ、2) エンタメ、3) 学生と言う3つのトピックスをご紹介します。

スポーツ

応援すると聞くと、先の例に挙げたように、スポーツ観戦を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。

スポーツ観戦の歴史は古く、有名な闘技場コロッセオの建設は80年と言われています(Wikipediaより)。

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ファンに関する文献を調べてみても、2018年以前については特にスポーツ関連の話題が多そうだと感じました。W杯などの話題も多かったからというのと、エンタメについてファンクラブができた歴史と比べるとスポーツのファンは長い歴史があるものと思われます。

出口順子さんの論文についても、チームやファンとしてのアイデンティティについてふれ、応援の仕方も「支援」がどのような形で行われているかと言う切り口で記載されています[1]。

ファンについて理解していくための一つのトピックスとして「アイデンティティ」がどのように形成されるか、と言う切り口がありそうです。同じアイデンティティをもっていると認知した人たちの集まりが1つのグループを形成している、という感覚を得る可能性があります。

エンタメ

エンタメの歴史も古く、文学や芸術の勃興と共に広く親しまれてきました。一方で、エンタメについては活版印刷技術やメディアに依存しており、少しスポーツとは広まり方に差があります。今回は、その中でも目立ったツール「ファンクラブ」を起点として考えてみましょう。

髙井美月さんの論文によれば、1970年代には私設ファンクラブの存在はあったみたいですね[2]。Wikipediaによると、ジャニーズのファンクラブも1975年にはあったようで、この頃からファンクラブシステムが稼働し始めたと受け取れます。

ファンクラブ自体は半世紀前から続く仕組みですが、最近は変化が起きていると感じます。1) オンラインサロン、2) ファンによる私設応援広告、の2つのトピックスが特に興味がある話題です。

- オンラインサロン

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キングコングの西野さんを筆頭に、多くの著名人がオンラインサロンに参画していますね。ここで注目したいのが、エンタメはスポーツよりもさらに情報の共有を中心としたコミュニティが形成されていると言うところです。

情報を中心として、「共感」やそれに近い感情を得ることで、集団としての振る舞いができるようです。

- 応援広告

IZ*ONEらを輩出した韓国の人気アイドルオーディション番組『PRODUCE』で出てきた「応援広告」はファンが行う行動としての新しい形態として賑わいました(参考記事)。今までは購入をして終わりとなっていたファンの「行動」が、そのさきの「推奨」フェーズへと移行している好例です。

SNS時代より前から言われていたAIDMA理論からコトラーの5Aフレームワークへの移行が如実に現れています。(下記図表参照、上:UX TIMES, 下:SlideShare

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以上のように、エンタメの分野では一つの強いスター性をもつ対象に対して、顧客がどのような行動を行い、その行動の強さによりどのようなフェーズがファンの中に存在しているか、と言う議論が多いです[2]。これらの事例から、「共感」による情報共有と、象徴的な対象の「推奨」行動、この2点がファンを考察する上でのキーポイントとなるかと伺えます。

共感し合える何らかの集団が同じグループであると言う感覚を得る可能性があります。

コミュニティ

今回調べていて、とても面白いと感じたのが、学生・教育面でのレポートです。

中林さんの論文では、下記のように学生集団として、幸福度を検討する指標の一つに「ファン」と言う構造を扱っています。[3]。

主観的幸福感の「人生に対する前向きな気持ちに関して,「ファン対象有り」と回答した人の方が,「ファン対象無し」 と回答した人に比べて有意に高いことが明らかになった。 ここから,ファン対象がいることで,人生を楽しんだり ,生きようと思ったりする気持ちが強くなるのではないかと考えられる。

"学生の学習効率をあげる" と言う観点で、教育の領域で語られているような感想と、社会に出た時にどのように自分の居場所を見つけられる人材となるか、と言う話し振りもみられました。学生に限らず、社会人の人材開発・研修にも応用できそうな考え方だと感じます。

例えば、今回は、学校での居場所をどのように構築し、自分のことを前向きに捉え、ポジティブな学習意欲に繋げるか、という考察がなされました。会社でも、会社での居場所をどのように感知し、そのコミュニティで共有して、さらなる自己成長にポジティブにつなげていくか、というテーマがあると思います。このような点で、大学生におけるアイドルを中心としたファンコミュニティを、会社では経営者や創業者を中心とした従業員コミュニティとして作り、従業員エンゲージメントの向上を図る取り組みがあっても良いと感じた次第です。

古川さんの論文では、下記のように、日本のファン研究と欧米の対比を行なっていました[4]。

日本のファン研究では、ファン・コミュニティに対して考察するの に対し、欧米においてのファン研究の問題関心は、集団から個人のファンへの研究にシフトしていく動きがあると言える。しかしながら、大尾が指摘するように、「集団/個人としてのファ ン」それぞれのカテゴリーで説明しきれないファン・アイデンティティや行動パターンも繊細 に考察していく必要があるだろう。

日本のファンアイデンティティに関する記載も、スポーツ関連の文章からはみられたものの、その外観がまだつかめていないことを知らされます。

まだ調べたばかりなので、ざっくりと想像してみます。一つの観点として、産業心理学の場面でも、日本では「心理的安全性」よりも「心理的居場所感」の方を強調していました[4]。これらの背景にあるのは、日本独特の終身雇用からなるメンバーシップ型の組織構造があるのかなと感じます。また、日本独特のエンタメについても、古くは猿楽からなる流れを整理していく必要がありそうです。

幸福を感じられる・居場所があると感じられる何らかの集団が同じグループであると言う感覚を得る可能性があります。

まとめ

今回はざっくり簡単に調べてみただけなので、実態とは大きく離れているところもあるかもしれませんが、学術界におけるおおよその「ファン」の取り扱われ方について知ることができました。

- 「応援する」という行為に何らかの関連がある「ファン」と言う概念について考察してみた
- 近年の研究で気になった「ファン」に関するトピックスは1) スポーツ、2) エンタメ、3) 学生コミュニティ、の3点であった
- 「アイデンティティ」「共感」「推奨」「幸福感」「心理的居場所感」の5点をキーとしてより「ファン」の概念を理解していけそうな仮説が得られた

次回につなげていけるような知見が得られ、良い時間となりました!ありがとうございました。

Next

今回はいくつかの問題提起をして、ファンを取り巻く環境の概要をご紹介しました。

次回は、コンテンツの歴史から、情報共有としてのファンコミュニティの考察をしていきたいですね。

その次は、ファンについて理解した上で、それらをどのように活用していくのか、マーケティング分野でよく語られている内容について考えたいと思っています。

最後には、今後の「ファン」の展望。コロッセオから舞台は株式市場に移り変わり、どのようなファンがこれからできてくるのか、一緒に考察していきましょう。(いつになるかは未定ですが。。!)

<参考文献>
[1]出口順子「ファンのチーム支援行動: 組織的アイデンティフィケーション理論を視座に」体育学研究, 2020
[2]髙井美月「それぞれのファン活動―宝塚歌劇とファンをつなぐ起点」生活環境学研究, 2019
[3]中林春海; 水口崇. 「ファン心理やその活動と大学生の心理的健康の関係: 現代社会におけるファナティックの様態と意義」 信州心理臨床紀要, 2020
[4]古川光流 「大学生のアイドルファンにおける音楽受容の調査」 埼玉大学紀要 (教養学部), 2020
[5]向日恒喜「職場における心理的居場所感が知識獲得行動に与える影響」経営情報学会 全国研究発表大会要旨集 2019 年春季全国研究発表大会. 一般社団法人 経営情報学会, 2019

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