第14話 希望の宝石3

「あぁ、そうだ兄さん。晴れて恋人同士なんだから、愛称で呼び合おうよ。」
馬車が敷地に入ったところで園舎にはまだ到着しない為、馬車の中ではクリスフォードとクレオリッドが、私を挟んで会話を続けていた。
「あ、愛称ですか!?」
確かに恋人同士ならばそういうのもアリだが、まさかついさっきなったばかりの恋人同士がいきなり愛称で呼び合うという、と数段の階段を一気に駆け上がるような状況に、思考があらぬ方向に走り出しそうで混乱し続けている私をよそに、双子は愛称について話し始める。
「そうだな、何がいいか。普通ならば、"リア"になるかな?」
この国では愛称をつける際には、その人の名前を短くするのが通例であり、その流れを汲むと、私は"リア"で、双子の場合は"クリス"と"クレオ"と呼ばれる。
「リアかぁ。あっ!良いと思うよ!ボク達はリアの騎士で、リアナイトだね!」
「あぁ、それは良い案だな。そうしよう。」
当時の流行で男性の恋人を騎士(ナイト)と呼ぶ風潮があったのだが、それと重なった偶然の提案に、再び私は落ち着かなくなり、真っ赤な顔を隠すように両手で覆った―─―しかし、非常に困ったことになった。この後予想される出来事に、双子が幻滅しないか、と内心冷や冷やしながら、双子に声を掛ける。
「あ、あの!」
「ボクはクレオでいいよ!"様"なんてつけないで、遠慮なく呼び捨てしてね?」
「恋人同士になったんだ、僕もクリスと呼び捨てで構わないよ。」
もうこれは双子のペースだ、と私は何とか気を落ち着かせようとうずくまった。
本当に大丈夫だろうか、と私は不安で落ち込む気持ちを何とかしようと必死になる。
「ねぇねぇ、リア?呼んでみてよ。」
「はい!?い、今ですか!?」
クレオリッド―――クレオが無邪気に決めた愛称で呼ぶので、慌てて顔を上げる。
「今、聞きたい。」
真剣に顔を近づけて迫ってくるクレオに、押し負けた私は戸惑いつつも答える。
「あ、あぁ。えっとク、クレオ?」
「はぁい!やったぁ!すごく嬉しい!」
ぱぁっと花が咲いた笑顔を見せられて、私は先程の落ち込みが一気に歓喜に満ちていくのがわかった。この後のことはどうにかなるだろう、とまで楽観できるほど回復してしまった。
「僕は呼んでくれないのかい?リア。」
とすぐにクリスフォード―――クリスが私に尋ねてくる。その顔が幼いあの頃のクリスに似て、思わずドキっとしてしまう。
「はい?!えっと、ク、クリス?」
「あぁ、嬉しいな。ありがとう、リア。」
嬉しそうにクリスが私に顔を近づけると、そのまま頬に軽くキスをしてきた。
「きゃっ!」
3年ぶりに再会し、交際することとなり、すぐ頬にキスを貰えると思わなかった私は、かなり情けない悲鳴を上げてしまう。
「あ、兄さんずるい!ボクもする!」
「え、あ。待っ―――。」
こちらの返答待たずに、クリスがしたようにクレオも優しく頬にキスをする。大胆な双子の行動に私は思考がパンクしかけて、再びうずくまる。
「リア、それ可愛い。」
「す、好きで、こうなってるわけでは、ないです。」
クレオが嬉しそうに私を見ている。それよりも今のうちに事前にこの後のことを話しておこう、と何とか持ち直した私は、背筋を伸ばして咳払いをした。
「お二人とも。真面目な話をしますが、私の恋人になってくださったのは嬉しいのですが、その、あまり広めないでくださいね。」
「何故だい?何も問題はないだろう?」
クリスが不思議な顔をして、私に問いかける。この後のことがあまり他者には言えない事情を含んでいるので、それをどう伝えようかと思いつつも話を続ける。
「お二人はあまり知らないかもしれませんが、ファウンティール侯爵は"宝石侯爵"として有名な反面、貴族間では"宝石侯爵は泥被りでならず者"と悪名高いので、本当に良い印象がないんです。当主であるお父様はそうではありませんが、私は"宝石侯爵"の後継者ですから、同様に評判が良くありませんから。」
「それは僕達も同じだよ。僕達のお父様の、最近呼ばれ始めた異名を知っているかい?"借金侯爵"と言うんだが――。」
「あれ?ボクは"離婚侯爵"って聞いたよ。何にせよ、ボク達はそんなこと気にしないから大丈夫だよ!」
今まさに貴族間で話題の噂話を、当人達が語る姿に呆気にとられそうになりつつも、私は構わず話を続ける。
「とにかく!私はお二人のご迷惑になりたくないので、広めないでくださいね。」
「それは、どちらかというとボク達のセリフのような?」
「まぁ、リアがそういうのなら、僕はそのつもりはないさ。」
双子がそう了承したところで、馬車がゆっくりと停車した。ようやく学園に着いたのだとわかると、私は内心で気持ちを切り替えて気合を入れ直した。
「おっと、着いたようだね。」
「じゃあ行こうか、リア。」
御者が馬車のドアを開けるのを待って、クリスが私の手を取って先に出る。その後ろから嬉しそうにクレオがついてきた。
「またのご利用、お待ちしております。」
降りた時に嬉しそうに御者が一礼する姿を見て、御者も確信犯の一人だと内心理解してしまった。


馬車から降りた私の視界には、春のキレイな花々が馬車の停留所から園舎の玄関へ向かう道にあった。それはクリスの手を取ったまま、周囲の景色に少し呆けてしまうほどの光景だった。
「今年もキレイに咲いたな。」
クリスがそう呟いて、花々を見つめている。目を細めて見つめる表情は以前に会った時よりも大人びて素敵だった。
3年ぶりに会った双子を見て、大人になった印象が強いのはクリスだ。身長、体格もそうなのだが、何より雰囲気や顔立ちが変わった。以前はそれなりに大人っぽさがあったのだが、今は青年と呼べるほど、凛々しくて素敵だ。
「そうだね、今年は何だかすごくキレイに見えるよ。」
クレオもクリスの言葉に同意しながら、ぴったりと私の横についた。
クリスとはまた違って、そのまま成長したのがクレオだ。クリスよりもやや身長は低いように思えるが、それでも平均的な男性の身長はあるだろう。以前は体格もか細くて、初めて会ったあの日は体調を崩していたが、今見ればとても健康的で、体格は制服に隠れてよくわからないが、抱きついてきた時に鍛えている感覚があり、まさに愛らしさはそのままに成長したようだった。
―――もしかしたら、双子も私と同様に3年の間に何かあったのだろうか。
「じゃあ、園舎の玄関まで一緒に行こうね!」
クレオがさっと、クリスとは逆の方の手を掴んで、笑顔を見せて歩き始める。クリスも頷いて、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩きだした。周囲には登校している生徒がちらほら見えていて、皆ちらりと私達を見るもさほど気にする様子はなかった。
「あの、お二人とも。先程の馬車での会話を覚えていらっしゃいますか?」
本当に伝えたかったことを降りる前に言いそびれていたのを思い出して、今のうちに話してしまおう、と隣で歩く双子に話しかける。
「あぁ、勿論。けれど、どうしても手を繋いでいたいんだ。」
「ごめんね。ボクもせっかくこうしていられるのが、嬉しいんだ。」
と双子が恋人になったばかりだというのに、距離感が一気に狭くなったんだと嬉しくなり、香しい花の香りを感じると共に胸を高鳴った。
「カメリア。」
だが、その時間は長くは続かないのだ、という現実を思い知らせる声が聞こえた。

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