第11話  斜陽の影1

あの時から過ぎ去った日々を思い返すのも苦悩だけで、私は誤魔化すように修業と護身術の稽古に打ち込み、無我夢中で取り組んでいく内に、9歳と10歳の誕生日が過ぎ去っていった。
その間も一切双子に会えず、文通も双子に届かないことを知ってからは、出すのも諦めてしまった。時々、双子とのあの時間を思い出しては今までの手紙を読み返して、何とか自分自身を奮い立たせた。今度は手放さないように、力をつけて会いに行くんだという意志を必死に保ち続ける日々だった。
「やぁ、カメリア。元気にしていたかい?」
そんなある日、父が工房に私を尋ねに来た。この時、父と会うのは10歳の誕生日会以来なので、実に1か月ぶりだった。
「お父様、お久しぶりですわ。」
「顔にまだ防護ゴーグルの跡がある。板についてきたようだね。」
そう言って私の顔を優しく見つめる父は、変わらずに元気そうだった。
「まだまだですわ。叔父様の作品と比べたら、まだ私のは作品とも呼べませんわ。」
10歳を過ぎた頃には修業の一環で叔父の作品の手伝いを積極的にし、護身術もお墨付きをもらい、体型は成長と共に筋肉も付き、理想の体型を保ち続けられていた。
美人になった、と誕生日会で両親に褒めてもらえたことで、以前よりも自分自身に自信を持てるようになってきた。あの頃のようにもう幼く力のない子供ではないが、けれどまだまだ足りないと感じて、謙虚を装った貪欲な自分自身に戸惑いを覚えていた。
今はそれよりも、と考え事を止めた私は父の目の前で慣れた手つきで紅茶を出し、父はそれは満足そうに紅茶を口にしていた。
「今日はどうなされたんですか?」
「話しておきたいことがあってね。」
父がそう言うと胸元のポケットから、一枚の手紙を差し出した。私はそれを受け取り、差出人を確認して自分の目を疑った。
「ようやくクライヴィス卿が、離婚裁判を起こしてね。前夫人はクライヴィス卿に秘密で借金をしていたようで、それが発覚して離婚となったそうだよ。」
「——―そうですか。」
「前夫人は借金を背負ったまま離婚し、遠縁の親戚へ引き渡されたそうだ。前夫人が買っていたファウンティールの宝飾品は、クライヴィス卿からの依頼で全て売却となって、昨日全て戻ってきたのだが―――。」
と父が言葉を切ってから、傍らに置いてあった小さな箱を私の方へ差し出した。
「これは、その中にあった。」
一度父に視線を送ってから、私は箱の蓋を開けた。
「っ!」
「これはマルフィスの作品ではないから、"正当な製作者"の元へ返すべきだろう。」
箱の中にあったのは、カフスボタン―――クリスフォードとクレオリッドに贈った私が最初に作った作品だった。父には私が贈ったことを話していなかったが、あの場にいたことや、これを見ただけで叔父が作ったものではないと分かったから、わざわざ私に渡しに来てくれたのだ。
「これは予想だが――前夫人はあの後、双子から取り上げたんだろうね。」
「なんてことを、吐き気がしますわ。」
「同感だよ、カメリア。例えまだカメリアが修業中の身であったとしても、ファウンティールの宝飾品は、それに見合うだけの品格があるものが持つべきだ。それをよく、覚えておきなさい。」
父の声色が怖く感じた私は心の中でドキッとするも、顔には出さないように頷いた。
「その手紙の返事は早く返してあげなさい。では、私はこれで帰るよ。」
「はい、わざわざありがとうございました。お父様。」
紅茶を飲み干してから席から立ち上がった父が、あぁと何かを思い出したかのように私に話しかける。
「カメリア、来月から学園へ通う話なんだが。」
この国の貴族の子供達は10歳から高等学園へ通うのが義務で、礼儀作法から魔法、武技に至るまで様々な教育を選び、5年間学園に通うのだ。
当然10歳となった私も来月から高等学園へ通うのだが、殆どの令嬢は寮生活をする中、私はこの工房で修業、兼叔父の作品の手伝いがある為、父に定期馬車を年間契約をしてもらい、その馬車で学園へ通う形になっていた。
「馬車の手配が少し遅れてしまってね。初日だけだが、"他の侯爵家"と相席になってしまったんだ。」
「へ?あ、そうですの?」
思わず父の言葉に驚いて返答する私。
この工房は"貴族街"と呼ばれる高位貴族が居を構えるエリアの外れにあるのに、"他の侯爵家"と相席になることなんてありえるのかしら、と思い返せば、いくらでも疑問がわくというのに、当時の私はさほど気にしていなかった。
「すまないね。初日だけ、我慢してくれるかい?」
「ええ、お父様。お気になさらないで。」
「ああ、良かった。ここでの修業も大事だが、学園生活も楽しむといい。」
そう言うと笑みを残して父は部屋を去っていった。それを見送ってから、私はすぐ手紙の中身を取り出して読み始めた。


「親愛なるカメリア嬢へ。
あれからずっと連絡も出来ず、本当にすまなかった。彼女の目があって、ずっと手紙も送れずにいたんだ。
毎日かかさずに君から手紙が来ていたことも知っていたが、それら全て彼女に焼かれていたようで、見ることすら出来なかった。
わざわざ会いにも来てくれていたようだったが、僕達は高等学園へ早期入学させられて、寮に入っていたんだ。
彼女の監視もあって、寮以外の出入りもできず、会いにも行けなかった。
 
本当にすまなかった。
ようやく彼女がいなくなり、こうして君に手紙を送ることができる。

まず、君に謝らなくてはいけないことがある。
君が僕達に贈ってくれたあのカフスボタンなんだが、あの後、すぐに彼女に取り上げられてしまったんだ。
何度も返して欲しい、と頼んだがずっと聞いてもらえずに、彼女とお父様が離婚した後に、彼女の宝飾品は全て売却した、と聞いた。
あれは"宝石侯爵"の作品ではない、と話したが、間に合わなかった。せっかく贈ってくれたのに、あの瞬間だけしか身に着けられず、本当にすまなかった。
 
今度、君が同じ学園へ入学してくると聞いた。良ければ、学園内で直接、謝罪させてほしい。
クレオも君に会えるのを心待ちしている。
またこうして手紙をしたり、会ってたくさん話そう。
ではまた、学園で会おう。
 
クリスフォード・リアナイト/クレオリッド・リアナイト

追伸:ボクが貸したあの本、読んでくれた?
 あの本に挟んだ栞、カメリアにあげるね!
 また会えたら、感想聞かせてね!     」


「―――あぁ、やっと。」
私はこぼれる涙が手紙に落ちないように手で拭った。
3年前のあの日から今に至るまでの双子の真相を知って、ようやく心が落ち着いた気持ちだった。手紙も訪問も気づいていた、ということは本当はあの時も屋敷の中に居たのに、会うことが叶わなかったんだ、と自身の無力を痛感した。
いや、もうあの時とは違う。今ならきっと大丈夫だ、と心の中で思い直す。
「ふふ、最後の追伸はクレオリッド様ね。勿論、栞は大切にしてますわ。」
最後に屋敷で会った日にクレオリッドが貸してくれた冒険譚の本に挟まっていた栞を見つけたのはその数日後で、何度も泣いては栞を抱きしめては本を読んでいた。
手紙を封筒へしまい込むと、横に置かれたカフスボタンを手に取って見た。
「もう私ったら、粗ばっかりじゃない。初めてにしてはよく頑張った方ですわ。でも、やっぱり今見ると、全然ダメですわね。」
手の中に光るカフスボタンをもう一度握って、思い立ったことをする為に今まで座っていた席を立った。

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