第01話  幼少時代1

――私はずっと、愛に飢えていたのかもしれない。
ふと思い返して、そう心の中で呟いた。

いや、正確には溺愛されていた方なのだが、どうしても"足りない"と感じていた。


カメリア・ローザ・ファウンティール、それが私の名前。

カメリアは母が愛した花の名前。
雪のような白金色の髪に、蜂蜜によく似た色の瞳を見た両親が"まるで花のよう"だったことからそう決めたらしい。

ローザは母の生家では"尊きもの"に名づけるサブネーム。
3歳年上の姉には父の生家のサブネームがつけられたせいか、私にお鉢が回ってきただけらしい。
サブネームは特に名づける必要はないらしいが、生まれた当時には生家のサブネームを名付ける流行が高位貴族間であったらしい。

そして、ファウンティール。
偉大なる栄光のウッドヴァレー王国に仕える高位貴族で侯爵家の一つ。
――別名、"宝石侯爵(ジュエラー)"。
所以は、ファウンティール侯爵家独自の魔法による宝石加工技術――ファウンティールの秘術があるからだ。王室御用達の宝石のほぼ全てが、ファウンティール侯爵家の献上したもので、"ファウンティールの宝石を持たないのは平民と低位貴族だけだ"と一種の風潮が存在する程だ。


私はそのファウンティール侯爵家の次女として生まれたわけなのだが、何故か3歳年上の秀才の姉を差し置いて、"宝石侯爵"の後継者に指名されていた。生まれる前からの指名で当時はファウンティール侯爵家内で分家を含めて、姉を推す分家と私を推す本家で大きな騒動になったそうなのだが、私からすれば正直、迷惑極まりなかった。
幼少期から手に入らないものはない程に両親に溺愛を受けていたと思う反面、"宝石侯爵"になる為の厳しい教育と技術継承、後継者になれなかった姉からの嫌味や酷い仕打ちがついてきて、何もかもが苦痛だった。

7歳のあの日を迎えるまでは―――。


ファウンティール侯爵家には、恒例行事であるお茶会という名の、"宝石侯爵"の新作の披露会がある。これは月に一回程度で行われ、新作のファウンティールの宝飾品を特別な上客に披露するもので、招かれた上客である侯爵や伯爵といった高位貴族が屋敷の客間に広げられた新作の宝飾品を、店頭に並ぶ前にいち早く買い求められる為に、こぞってやってくるのだ。
当時はまだ"宝石侯爵"と呼ばれていた叔父のマルフィス、ファウンティール侯爵家当主である父のシュベルトと共に、次期後継者として私も出席するこのお茶会は、本当に苦痛だった。
上客として招かれている高位貴族がああでもないこうでもないと文句をつける割に、並べられた宝飾品の数々に自身がふさわしい、と媚を売る姿は当時の私には、吐き気のする光景だった。
あの時もまたいつものようにさっさと客間から離れ、お気に入りの場所がある中庭へ向かう途中だった。

「大丈夫か?」
どこかから声が聞こえて、私は気になって周囲を見回す。声した方へ視線を向けると、中庭へ続く渡り廊下の隅でうずくまる2つの人影を見つけた。
それは黒紫色の髪と淡い金髪で、顔が似通った二人の少年だった。
緑色の瞳は翡翠よりも輝きを放っていたが、今は不安のせいか少し翳りがあった。
体格は黒紫の髪の少年が少し大きく見え、淡い金髪の少年のか細さが浮いて見えた。気遣う声を出した黒紫の少年の傍で、淡い金髪の少年の顔は真っ青だった。
具合を崩したんだ、と悟った私は、すぐ少年達に近づいた。
「もし、どうかしましたか?」
私は澄ました大人の対応を真似して話しかけると、声をかけられた少年達は一斉にこちらを見た。
「あっ、えっと。ぐっ。」
淡い金髪の少年が何かを言いかけて口元を抑えると、
「弟が具合を崩したようです。どなたか呼んでいただけませんか?」
黒紫の髪の少年が丁寧な口調で答えた。
「兄さん。ダメ、だよ。」
服を引っ張ってそれを制する淡い金髪の少年に、兄と呼ばれた黒紫の髪の少年は食い下がる。
「そう言っても、お前がつらいだろう。」
「ダメ。お母様の邪魔をしちゃ、また。」
何やら事情がありそう、と瞬時に判断した私はこっちへ、と少年達を手招きした。
「君は、一体。」
「いいから来て。」
私は双子がついてくるのを振り返り確認しながら、ゆっくりとしたペースで中庭にあるとんがり屋根の小さな家へ案内した。
この家は私が一人きりになりたい、と父にせがんで建てさせた私だけの家で私と専属メイドのマリーだけがカギを持っていて、誰も入れないようにしてもらっていた。
ドアを大きく開いて家の中へ誘導すると、黒紫の髪の少年はそんな小さな家に案内されて困惑したまま、背にいる弟を気遣いながら中へ入ってきた。
「ここへ寝かせて。」
ドアをきちんと閉めて、部屋の隅にあったベッドを指さした後、奥にあるキッチンへ向かう。踏み台を使って棚からコップをとって、地下水を汲みあげた水道の蛇口から水を入れる。水をこぼさないようにゆっくりと歩を進めて、ベッドの横に移動する。
「これを。飲めるかしら?」
「――ありがとう。」
上半身を起こしたままで淡い金髪の少年は、コップを受け取った。一口飲んだ後すぐ一気に飲み干し、ほっと落ち着いたようだ。そして、ようやく安堵できた様子で花が咲いたように微笑んだ。愛らしいお人形のような少年の笑顔に、私は思わず見惚れてしまった。
「助けてくれて、ありがとう。」
そう声をかけられて、ハッと我に返る。兄である少年が小さく笑みを浮かべて、お礼を言う。少年らしさよりも大人びていて、花がほころぶような笑みで、弟の少年に引き続き、胸が高鳴ったのが分かった。
「いいえ、気にしないで。」
努めて冷静に私がそう返事を返していると、淡い金髪の少年を横にさせてから、黒紫の髪の少年はやや申し訳なさそうに私を見た。
「君は、もしかしてファウンティール侯爵令嬢かい?」
このファウンティール侯爵家の敷地内にいて、自由に散策しているのだから、当然ファウンティール侯爵令嬢だ、と思い当たるだろう。そうなると、大体は姉の名前で呼ばれることが多い。不快な思いをしたくないので、さっさと名乗ることにした。
「ええ、私は次女のカメリア・ローザ・ファウンティールよ。貴方達は?」
「僕はクリスフォード・リアナイト。こっちは双子の弟のクレオリッドだ。」


黒紫の髪の少年、クリスフォード・リアナイト。
淡い金髪の少年、クレオリッド・リアナイト。
この双子との出会いは、私の人生を今でも幸福へ導いている。
私を語る上でも、かけがえのない出会いとなった。

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