第20話 武技の少女1

学年毎に用意された更衣室で、制服から同じく支給されている丈夫な運動用の服に着替えると、後ろに流していた髪をヘアゴムで纏めてお団子にする。クリスの言う通り、武技の授業で着替えているのは私だけで、女子更衣室は静まり返っている。
「えっと、訓練場はあちらかしら。」
広さで迷いそうになりつつも、何とか時間前には訓練場へたどり着いた――案の定、訓練場のそばに設置された小休憩用のベンチには、双子が休憩を装って本を片手に待機済みであった。
外に設けられた訓練場は草一つない硬い土の上で、すでに木で出来た模造の武器が立てかけられ、数人の生徒、そして体格の大きな先生が待機していた。
「お?カメリア・ローザ・ファウンティールか?」
「はい、遅くなってしまい申し訳ございません。先生。」
私の名前をフルネームで呼ぶ先生に、数人の生徒が私の方へ視線を向けた。全員が男性だったが、一人だけ見覚えのある人物に目が止まった。
「いや、間に合ってるぞ。よし、全員揃ったな。少し早いが、始めるぞ!」
号令がかかり、全員が先生の目の前に並び始める。私は見覚えのある人物の横へ行くと、ちょうど一番端の位置につくことになった。
「やぁ、カメリア嬢。意外ですね、武技の授業を選んでいるとは。」
「ええ、"運動"は大事ですもの。ミッドウェル。」
最初の教室移動前に声をかけてきた、あのミッドウェルだった。ミッドウェルもまた運動着に着替えて、人懐っこい笑みを見せている。
「"運動"ねぇ。カメリア嬢は武技の授業を甘く見すぎですよ。」
とミッドウェルが呟いた後、先生の咳払いが聞こえて授業は始まった。
「授業を開始する!初めての武技の授業だったな?俺がガルフ、元冒険者だ。」
そう自己紹介する体格の大きな先生―――ガルフは胸を張って話し始める。
「いいか?武技の授業では、生易しい"運動"とは違うからなァ!覚悟して受けろ!」
先程のミッドウェルとの会話が聞こえていたのか、ガルフ先生まで言い出した。私は自身の発言には気を付けよう、と口元を手で押さえる。
「まずは今の実力を見せてみろ!用意してある武器を選び、そこへ並べ!」
ガルフ先生の言葉に、生徒それぞれが武器を選ぶために動き出す。私はとりあえず一歩後ろでに様子をうかがっていると、選び終わったミッドウェルが話しかけてくる。
「おや、武器をとらないので?カメリア嬢。」
「少し迷っておりますの。ミッドウェルは何を?」
と聞くと、ミッドウェルは片手に持つ模造剣を見せて、ニヤリと笑って返した。
「本当は短剣なんですが、なさそうなのでこれで。」
「なるほど。では、私は。」
そう言いながら、私は武器の中からグローブと足防具を取って装着し始めた。
「ほぉ?」
ガルフ先生の声が聞こえた後、視界の端で双子がソワソワし始めるのが見えた。チラリとそちらを見て、ウィンクして返すと双子は渋々ベンチに座り直した。
「ん?あそこにいるのは?」
近くで私の行動を見ていたミッドウェルが双子の存在に気付いた。グローブを装着し終わった私はそのまま、靴のつま先を地面にトントンと叩いて装備の確認をする。
「私の騎士様達が、心配で見に来てますの。」
「っ!はっは、なるほど!彼らが、なるほどね。」
何か言いたげにミッドウェルが双子を見るも、すぐに視線を戻した。
「それじゃ、始めるぞ!そっちの端からだ、来い!」

ガルフ先生の指示で、始まった1:1の模擬戦。
ミッドウェル以外の生徒は皆顔立ちの良さから爵位のある貴族の子で、か細い体格もいれば、太く逞しい体格もいて、次々とガルフ先生との模擬戦に挑んでいく。
初戦で流石に元冒険者を倒せるわけもなく、軽くあしらわれていき、最後にはガルフ先生の大きな一撃を食らって終了した。
「次!」
「お、ようやくか。」
立ち上がったミッドウェルは手首の返しで剣を空中で一回転させてキャッチした。
「いってらっしゃい、ミッドウェル。頑張って下さいね。」
と私が応援をすると、ニヤリと笑ってウィンクして返すミッドウェル。
「カメリア嬢に応援されたら、負ける気がしないですね。」
そう言いって、ガルフ先生の前に立つ。ミッドウェルを一瞥した後、先程よりも気を引き締めた様子のガルフ先生。
「ほぉ、慣れてるようだな。」
「私の師匠が"これくらい出来て当然だろ"、と言うもので多少は嗜んでますよ。」
「そりゃ良かった、歯ごたえねぇガキの相手よりは楽しめそうだ。」
そう言うとガルフ先生は先程とは打って変わって、ミッドウェルに鋭く素早い剣を振った。木同士の甲高い打撃音が響き、ミッドウェルがその場でその剣を受け止めた。その体躯からは力強さを感じなかったのに、始まった瞬間から一気に雰囲気が変わったミッドウェル。
「ほぉ、"マナブースト"か?」
ガルフ先生が呟いた言葉に他の生徒がざわつく。
マナブースト―――魔力を身体中に巡らせ、筋力や柔軟性を高める身体強化の一種で、魔力量が多いことや魔力循環の精度を求められること、他にも身体的な負担も多いことから殆ど使い手がいない。
「へへ、んじゃセンセ。いくぜぇ!?」
勇ましい威勢でミッドウェルの反撃が始まった。ミッドウェルのフェイントを交えた変則的な攻撃は、時にガルフ先生に当たりはしたが、時間が経つにつれ、それらは難なく対応し続けられてしまった。
「よし、やめ!充分だ、良い腕だな。」
最後はガルフ先生に軽くあしらわれ、武器を手から弾かれたミッドウェル。模造剣がカランと地面に落ちた所で、ミッドウェルは力を抜いた。
「ふぅ、やっぱ元冒険者には敵わないか。」
「いや、良い腕だ。この学園を卒業したら、冒険者を勧めるが?」
「申し訳ないですが、もう"就職先が決まってる"もので。」
ミッドウェルの言葉に残念だ、と呟いてガルフ先生は私の方へ視線を向ける。
「次は最後か?カメリア、前へ。」
呼ばれて立ち上がり、先程戦い終えたミッドウェルと入れ替わる辺りで、
「カメリア嬢。程々にしておいた方がいいですよ?」
と声をかけられた。その言葉に、私はミッドウェルを見て微笑んだ。
「あら、ご忠告ありがとう。」
ミッドウェルにそう返すと、肩をすくめて先程座っていた位置へ戻っていった。どうやらミッドウェルは叔父から何か聞いているようだ、と察して前へ向き直る。ガルフ先生の目の前に移動し、私はすっと一礼をする。
「最初に言っておくが、相手が女子供でも俺は容赦しないぞ?」
ガルフ先生は少し下卑た笑みを浮かべて私を見ているが、そんなことを気にすることなく、グローブと足の防具を入念に確認する。
「ふぅ。」
呼吸を整え、気合を入れてから、私は真っ直ぐとガルフ先生を見据えた。
「よろしくお願い致しますわ、ガルフ先生。」
「泣くなよ?女の涙は苦手だ。」
「あら、そうなんですの?でも、大丈夫ですわ。」
私はいつものように両拳を握り、腰の前で構え、一気に"それを放った"。
「私は、負けるつもりはありませんから。」
「うぉいっ!お前も"マナブースト"か!?」
ガルフ先生の言葉を聞いて一気に周りの空気がざわつく。ミッドウェルだけでなく、遠くの方で双子が驚いた様子なのを気配で感じた。私は魔力を一気に流した後に、緩やかに身体中へ魔力を巡らせる。魔力で補われた筋肉がピリッと痛みが走ったが、いつものようにそれを見なかったのように流した。
「それでは、先生。参ります!」
気合の一言を放って、私はガルフ先生へ向けて地を蹴った。


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