第22話 希望の宝石6

運動着から制服に着替え直し、更衣室を後にして教室に戻る。教室には数人の生徒が残っているが、私が教室に入るのを見かけた生徒が一礼するだけで、特に何もなかった。武技の授業の後に何か言われるかと予想していたのでホッとしつつ、私は通学カバンに教科書を詰め、教室を後にしようとした。
「カメリア嬢。」
背後から呼び止める声が聞こえて振り返ると、そこには笑みを浮かべたミッドウェルの姿があった。
「あら、ミッドウェル。何かしら?」
「今日はこの後にマルフィス様に用事もあるので、一緒の馬車に乗せてもらいたいんですが、よろしいでしょうか?」
すると会話が聞こえたらしい男子生徒が、顔をしかめてミッドウェルを睨みつけた。その視線を背後にしているミッドウェルが気付いているのか、笑みをたやすことなく私を見ている。何故、男子生徒がミッドウェルを睨んだのか、疑問を浮かべてる間に男子生徒はふいっと顔を窓へ向けてしまった。それを気に掛けつつも、ミッドウェルには笑みを向けて応える。
「ええ。そういうことでしたら、一緒にどうぞ。」
「助かります。工房まで歩いたら、約束に間に合わなくなってしまいますので。」
そう言って一礼をするミッドウェルは、本当にホッとした様子だった。教室から出る際にミッドウェルが教室内を見ていたようだが、特に気にせず玄関へ向かう。
「あー。そういえば、さっきのセリフ。私がカメリア嬢を口説いたように聞こえますよね?」
と唐突にミッドウェルがそんなことを言い出したので、へ?と間抜けた返事をする。今まで異性に口説かれたことはないので、何故急にそんなことを言い出したのかわからなくて、一瞬混乱してしまう。
「"同じ馬車に乗せてくれ"って、確か口説き文句だった気がしましてね。」
ミッドウェルにそう問われても、口説かれたことがない私には思いつくはずもないので、思わずミッドウェルに聞き返す。
「そう言うものが、あるのかしら?」
「そうみたいですが、"俺"はその気は一切ないですからね?あくまでも、カメリア嬢は俺の世話になった恩人の身内。それだけです。」
生徒が周りにいなくなったからか、一人称を変えて話すミッドウェル。れが本来のミッドウェルの話し方なのだろう、と特に気にせずに私は話題を変える。
「そういえば、叔父様とはどのような関係なのですか?さっき世話になった、と言いましたが。」
「あぁ、俺の育ての親の親友で、"マナブースト"を教えてくれた師匠でもあります。それ以外にもこんな俺でも良くしてくれる恩人です。」
そう語るミッドウェルの表情が優しく見えたので、叔父の人望はあるのか、と内心で気に留めておく。
「まぁ、それならミッドウェルは、私の"兄弟子"になるかしら?」
と言ってみると、とても嬉しそうにおどけて見せるミッドウェル。
「そりゃ嬉しいっすね!といっても、俺はあんな精度の高いマナブーストは出来ないですけどね。」
「そうですの?どうであれ、先にマナブーストを修得したなら、兄弟子ですわね。」
私がそう笑って言うと、ミッドウェルも嬉しそうに微笑んだ。
「へへ、"兄弟子"か。」
と呟いて笑っているのが私も何だか嬉しくなってしまった。そんな会話をしながら、園舎から出て、馬車の乗り合い場を探して見回す。
「定期馬車は確か―――。」
「カメリアお嬢様。」
やや棘のある聞き覚えのある声に、私は嫌な予感を感じつつそちらに振り返る。昼休みに姉と共にいた専属メイドのレベッカが、不満げに顔を歪ませながらも近づいてきていた。本来一緒にいるはずの姉の姿はなく、レベッカだけだったので内心ホッとしつつも、何故そのレベッカだけいるのかと疑問に思っていると、レベッカはエプロンのポケットから手紙を出して、私へと差し出した。
「トゥリア様からの手紙です。早急に返答しなさい、とのことです。」
「はぁ、中を確認させて下さい。」
姉同様に当たりの悪い態度で私に接するレベッカに、私はカバンを脇に抱えて手紙の中身を確認する。
書いてある内容はやはり双子のことで、"借金侯爵"の息子を双子とも侍らせて恥を知れ、と体のいい言葉で書き綴られ、最後には早急に縁を切って、自分の前に来て謝罪しろと書いてあり、眩暈がしてきそうになった。
姉はどうあっても私を貶めたいのだ、と思うと、今朝から発散できない怒りに苛立ちを覚え、叔父も侮辱されている今、腹に据えかねた。
「レベッカ、伝言をお願い致します。一語一句、きちんと伝えて下さいますか?」
「はい、勿論ですわ。」
レベッカから言質を取ったところで、私はすぅっと一呼吸置いた後、
「底が知れてんぞ、恥なのはおめぇだろうが。」
叔父のよく言う口の悪い言葉を、怒りと共に吐き捨てた。
「―――は?」
普段の私から出ない予想外な言葉を、レベッカは間抜けた声を出す。双子がいない上に姉本人に直接言うわけではなく、レベッカが伝言役になるのなら、やってみたかった叔父の真似事を、と思い切って言ってみたのだが、レベッカが固まってしまう程の迫力は出せたようだ。
「あら?お姉様の優秀なメイドであるレベッカが、聞き逃すなんて珍しいですわね。もう一度、言いましょうか?」
わざとらしく聞いてみると、レベッカが不快だと言わんばかりに顔をしかめた。
「カメリアお嬢様。今なら聞き違いだったと出来ますよ?」
「とっとと行けよ、お前も同じ面ぶら下げて惨めだぞ。」
叔父の真似で返すと、レベッカは顔を真っ赤にさせてふん、と吐き捨てて去っていった。それにとても心からスッキリしたところで、はたと気づいた。
「おーすげぇ啖呵切りましたね。カメリア嬢。」
ミッドウェルがそばにいたことを思い出して、バッとそちらへ顔を向けると、とても爽やかな笑みで私を見ていた。
「き、聞かなかったことには、出来ませんか?」
「無理です。これはぜひあの双子の騎士様方にご報告を――。」
「ダメです!余計にダメです!ミッドウェル!やめてください!!!」
定期馬車に乗るまで、ミッドウェルと私の"マナブースト"込みの全力の追いかけっこが開催された。




「ほぉ。で、仲良く相乗りってか?」
叔父の工房に馬車が着き、ミッドウェルに手を借りて馬車から下車したところで、玄関で叔父が待っていてくれたのに気付く。帰りの時間は予め話していたので、叔父が出迎えてくれたことに、私は内心嬉しかった。
「少しくらいはいいじゃないっすか、マルフィス様。"たまたま偶然"同じクラスメイトになれたんっすから、これくらいは大目に見てくださいよー。」
叔父に対してのミッドウェルの口調がだいぶ砕けた感じになっていて、場所や相手によって、使い分けしているのだろう。
「ぬ。まぁ、いいだろう。で、お前の用件はなんだ?」
「"親父"から話を来て――てか、カメリア嬢の前で話して大丈夫っすか?」
玄関前で私を目の前に二人が話を進めそうだったので、内心いいのか悩んでいた所でミッドウェルが同じことを叔父に尋ねた。
「お、そうだな。カメリア、昨日の土台の続きを頼む。あと、さっき出来上がったやつを釜から出して磨きを頼む。」
「はい、叔父様。」
修業の一環である仕事を任された私は叔父に一礼すると、ミッドウェルに向き直る。
「ではまた明日、ミッドウェル。」
「ええ、カメリア嬢。また明日。」
ミッドウェルは先程見せたあの優しい笑みで返し、手を振って別れる。

その後、用件が済んだミッドウェルが、帰り間際に叔父から"指導"と称して、中庭でひっくり返される姿を私室の窓から見たときは、心の底から笑ってしまった。

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