第21話 武技の少女2

「うおっ!」
動揺の声が上がって、ガルフ先生が横に避けたのを見て、私は右手をそちらへ振り払うように叩き込む。
「くっ!」
ガルフ先生は私の右手に模造剣を振り下ろすも、ガン!と鈍い音がして、剣は腕の上で止まった。
「なっ!?硬いだと!?」
「やぁっ!!」
動揺するガルフ先生に左の拳を叩き込むも、咄嗟にバックステップして避けられた。
「おいおいおい!待て待て!お前、硬すぎないか!?」
「あら、そうでしたか?そこまで硬くしたつもりはなかったのですが。」
少し困った風に言いながらも、構えは解かずに答える私。
「いやいやいや!"属性魔法"はナシだぞ!」
ガルフ先生から苦情の声が上がりも、私は笑顔で答える。
「いいえ、ガルフ先生。"マナブースト"以外はしておりませんわ。」
「嘘言え!明らかに石みてぇだったぞ!?」
実際に属性魔法は使っておらず、"マナブースト"の応用で、大量の魔力で皮膚の上を覆って木の模造剣の攻撃を防いだのだ。"マナブースト"自体、使い手がいない為にガルフ先生も深くは知らないのだろう。
「もう、ガルフ先生ったら。嘘は言ってませんわ。」
とわざとらしく怒ってみるも、ガルフ先生はもういい!と剣を構え直す。
「続きだ!いくぞ!」
今度はガルフ先生が剣を振り上げて突進してくる。私はそれを見て微笑み、
「ガルフ先生。」
そう名前を呼びつつも避けながら、振り下ろされたガルフ先生の腕を掴んで、
「私に優しくして下さるのは、ありがたいですわ。」
その体躯を空中で一回転させて、地面に叩き伏せた。ドズン!と響く音と共に呻く声が聞こえた。衝撃で土煙が上がって、周囲から大きなざわめきが起こった。
「がはぁっ!は、はぁ?!」
「これでよろしいんでしょうか?ガルフ先生。」
「いっ、いや待て待て待て!もう1回だ!」
慌てて立ち上がるガルフ先生に合わせて、私は笑顔でずいっと距離を詰め、そのまま懐に入り込んでガルフ先生の体を浮かせるように持ち上げた。
「うおおおっ!」
再び空中に放り出されたガルフ先生は、敢え無く豪快な音を立てて地面に転がった。
「ガルフ先生、意外と軽いですわね。叔父様の方がもう少し重たかったですわ。」
「ぐほっ!わ、分かった!俺の負けでいい!」
生徒達がぽかんと眺めていたが、自分達が一切勝てなかった相手であるガルフ先生の負け宣言で再びざわめいた。私はマナブーストを止め、ふうと息を吐いた。
「ありがとうございました。」
「はっはっ!こりゃ、確かに想定外だった!それを含めて俺の負けだな!見事だったな、カメリア。よし、今日はこれで終いだ!次は持久力を見させてもらうな!」
ガルフ先生が解散!と言って、訓練場を後にしていった。ガルフ先生が若干ふらついているのを心配しつつ、私はグローブと足防具を外し始める。
「カメリア嬢、お疲れさまでした。」
ミッドウェルが私の足防具を外す為に、片膝をついて紐に手をかけた。
「あのマナブーストは、マルフィス様に教わったんですか?」
と話し始めたので、私はミッドウェルの言葉に笑みを浮かべた。
「やはり、ミッドウェルの師匠も叔父様でしたか?」
「ええ、その通りです。もう二度と食らいたくねぇと思っていた技を、まさか別の形で見るとは思いもしなかったですよ。」
足防具の紐を丁寧に緩めて両足分外してくれたミッドウェルに礼を言うと、彼はグローブも回収してくれた。
「あちらの双子の騎士様方に睨まれない内に、失礼します。」
そう言うとミッドウェルの肩越しに、訓練場の中にまで足を踏み入れてきた双子の姿が見えた。どうやら授業が終わったのを見て、駆けつけてきてくれたようだ。
「お二人とも、どうでし───。」
「リア、カッコいいっ!!!」
私が声をかけ終わる前に、クレオが目を輝かせて私に詰め寄った。愛らしい顔にあふれんばかりの感動を笑みと共に浮かべていたのを見て、私は嬉しくなって微笑んだ。
「ふふ、ありがとうございます。叔父様のようにスマートには出来ないので、褒められたものではないですけれども。」
「いや、リアが武技の授業を受ける、なんて言うから心配していたんだが、あれを見せつけられては文句も言えないね。」
クリスは肩をすくめて見せてから、私の髪にそっと手をかけた。
「悔しいけれど、リアはもうか弱いご令嬢、というわけではないんだね。」
そう語るクリスに、内心で私も同じように悔しい思いをしていた。本当は双子が危ない目にあっていた時にマナブーストを使って見せたかったのだが、まさか武技の授業を見学するとは想定外だった。
「あら、弱いですよ?魔力を封じられたらマナブーストが使えませんから、手も足も出せませんわ。」
今更遅い気もするが一応マナブーストの弱点をあげて弱いことを主張をしてみるも、
「そうかなぁ?ボク、たぶん負けちゃうよ?」
クレオがそう言うので、私は首を横に振って否定する。
「まさか、私はお二人には勝てませんわ。だって―――。」
そう言葉をいったん切って、照れ隠しで口元を手で隠した。
「お二人を相手にすること自体、私にはとても出来ませんわ。」
私の言葉に、双子はとても嬉しそうに微笑んだ。
「そうだね、ボクもリアとはしたくないな。」
「あぁ、リアと戦うなんてもっての外だ。例え模擬戦でも。」
クリスはふっと微笑んで、クレオは元気よく頷いて同意した。
「あっ。もう次の授業に行かなきゃ。リアは、次の授業で最後?」
「いえ、今日はこれで私は最後ですわ。工房に戻って、修業の続きです。」
私の言葉に双子が残念そうに落ち込むも、クレオが何かを思い立って顔を上げる。
「そうだ!ねぇ、今度その工房に行ってもいい?」
「えっ?」
クレオの提案に私は戸惑ったが、クリスがすぐそれを制した。
「クレオ、リアの住まいはあの"宝石侯爵"の工房だ。簡単に入れる場所じゃない。」
「あっ、そうか。そうだよね、ごめん。」
また再び落ち込むクレオに、私は申し訳なさそうに彼の顔を見た。
「さすがに叔父様の許可をもらわないと、お二人を呼べませんから。」
「そりゃ、当然だね。ボク、もっとリアも居たくてつい。」
困った顔をするクレオに、私は思わず笑みを浮かべる。
「私もずっとお二人といたいです。その気持ちは一緒ですわ。また明日、会いましょう?これからは毎日会って、たくさん話したいですわ。」
クレオをそう言って、すぐクリスにも微笑んでみせる。
「ね、クリスもでしょう?」
「勿論さ。明日もまた朝、馬車で迎えに行くよ。」
とクリスは私の頬に手を添えて、優しい笑みを見せた。クリスのその言葉がふと気になった。こないだの手紙には学園に早期入学させられ、寮に入れられたと書いてあったな、ということを思い出したからだ。そうすると、朝にわざわざ学園の寮から工房まで来てもらうのは申し訳なくなってしまう。
「そういえば、お二人は寮にお住まいでは?」
「ん?あぁ、お父様が離婚してからは、リアナイトの屋敷から通ってるよ。」
「だから、ボク達の家の馬車で迎えに行けるんだ。」
双子の事情を把握したところで、視界に入った時計塔の針に、私は次の授業に行くはずの双子に時間を知らせる。
「もうそろそろ行かないと間に合いませんわ。また明日、待ってますわ。」
そう言って双子の背中を押して、園舎の方へ向けさせる。
「あぁ。じゃあまたね、リア。」
途中まで一緒に園舎まで行ってから、クレオがすっと頬にキスをしていく。そのまま私の横を走っていった。
「同じ時間に迎えに行くよ。じゃ、気を付けて。」
クリスがそう言うと、クレオとは別の私の頬にキスをしていく。そのまま私の正面の渡り廊下へ優雅に歩いて行った。
「やっぱり、勝てませんわ。」

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