第15話 近しい悪意1

それは悪意がある、と誰でもわかる声色で、声の主が気づいた私は慌てて双子から手を離して、距離を取るように一歩前に出る。私の突然の行動に双子は困惑したが、
「トゥリアお姉様。わざわざ来てくださり、ありがとうございます。」
私がわざと名前を呼びながらも一礼した姉の姿を見て、気づいたようだった。
――あぁ、やっぱりいると思った。私は顔を上げたくない気持ちを抑えて見上げた。
母と同じ金髪だが、淡い桃色の光を纏っている。深い紫色でややつり目、学園の制服を身に纏う姉は、相変わらず優雅な立ち姿で立っている。この学園に通っているのは父から聞いていたが、両親のいないところで遠慮なく嫌味を言う姉の性格を考えて、入学初日に必ず会いに来るだろうと思っていたが、玄関で到着を待っているとは思わなかった。
「あら、どなた?」
これは姉も予想していなかったんだろう、背後にいる双子の存在に気づいたようだ。
「初めまして、トゥリア様。私はクリスフォード・リアナイトと申します。」
「同じく、クレオリッド・リアナイトと申します。お会いできて光栄です。」
双子は貴族の立ち振る舞いを瞬時にとって、姉に挨拶をした。それを少し見下したような視線で双子を一瞥する。どこから見ていたがわからないが、玄関で待っていたのなら、馬車の停留所から私がクリスの手を取って馬車から降りて、双子と手を繋いだまま歩いているところまで見ているはずだ。姉には見られたくなかったが、まさか一番最初に見られてしまうとは―――姉の性格を考えれば、一番最悪な展開が予想できた。そう思いながら姉の反応を伺っていると、まるで双子など居なかったかのように私に話しかけた。
「入学おめでとう。貴女はファウンティール侯爵家の娘であり、"次期宝石侯爵"でもあることを、この学園にいる間もしっかり弁えることね。」
「――はい、お姉様。」
礼節や世間体を気にしていそうな姉が、双子の挨拶を無視したことに私は怒りが沸いたが、ここで事を荒立てなくない一心で何とか飲み込んだ。
「何かあれば、うちのレベッカに言いなさい。"気が向いたら"、助けてあげるわ。」
いつも通り、いやいつもよりも棘が多い姉の嫌味に内心嫌になりつつも、いつも通りに礼を述べて頭を下げ続ける。いつもならそれで収まる姉が、妙に不満げに吐き捨てるように私に言った。
「初日から男を侍らせるとは、いい心がけね。」
姉がジロリと睨みつけた視線の先にいるのは、私の背後にいる双子だ。先程までは居なかったかのように扱った上に、私への嫌味の延長で睨みつけている姉の態度に、背後にいる双子からは嫌気にも似た気配が漂い始める。
何故急に双子に、と疑問に思ったが、すぐに姉はまだ異性との交際をしたことがなかったのを思い出した。
あぁ、やってしまった。
姉より先に何かをしてしまうと、その後はろくなことにならないことを分かっていたいのに。内心で大事にならないでほしい、と切に願いつつ、私はどう答えていいか悩みつつも恐る恐る口にした。
「馬車の手配で、相席となってしまったので。」
「あら、そう?よりにもよって、"借金侯爵"のご子息を揃えるなんて、ねぇ?」
直球の嫌みが聞こえた瞬間に、双子の嫌気から殺気に切り替わる気配が沸いた。馬車の中ではあっけらかんと噂を口にしていた本人だが、その異名自体が双子の父への侮辱に等しいので怒ったんだろう。
「お姉様。常日頃、私に教えてくださって頂いてることを復唱させて頂きます。」
それは双子だけではなく、恋人を侮辱された私だって黙っていられない。
「へぇ、何かしら?」
「"共に栄光たるウッドヴァレー王国に仕える、侯爵という貴族の爵位を持つ者同士ならば、常に対等でなくてはならない"。」
事を穏便に収めるのをやめた私は、頭を上げ、姉を睨みつけて続きを口にする。
「先程の無礼を謝罪してください、お姉様。彼らもまた、我が国を支える誇り高き侯爵家の一柱。対等でなければなりませんから。」
私は幼い頃に言うだけ無駄だと諦めた、姉に対しての口応えを、以前よりも強めの言葉で言い返した。いつもは黙って従った妹からの口応えに、姉は眉をつりあげて不快感を顔に出すも、すぐさま手に持っていた扇子で口元を隠した。
「あら、それは"爵位"に見合う品格があるかどうかで、話は別でしょう?あなたのように不相応に"宝石侯爵"の後継者を名乗るようにね?」
負けじと姉は私にそう言い返したが、そう簡単には引き下がるわけにはいかない。姉の言葉の喧嘩を買って、倍にして返すつもりで真っ直ぐに姉を睨みつける。
「それを判断するのは、お姉様ではありません。」
「口答えしないでちょうだい!バカみたいな魔力しかない癖に!」
あっさりと怒りのゲージに触れたようで、私を怒鳴る姉。毎度のことなのだが、姉の沸点はしばらく会わなかった期間があったのにもかかわらず、相変わらず低かったようだ。幼少期から姉は、私を見れば怒りをむき出しにして、嫌味や仕打ちを繰り返してきたので、私は言うだけ無駄だと諦めたのだった、と思い出してしまう程だ。
「相変わらずのようですわね!姉として、入学祝いにわざわざ出向いたのに、なんて愚かな妹なの!?だから同じ学園はイヤだ、とあれほどお父様に言ったのに!」
「この学園の入学手続きも馬車の手配をしたのもそのお父様で―――」
「お黙りなさいっ!!この愚妹がっ!!」
馬車の停留所から玄関までの道で周囲の目など気にならないのか、と心配になる程の怒りを撒き散らす姉に、私は心で呆れかえるも、一刻も早く双子をこの状況から離したいので、言い足りない自分を抑え込んだ。
「お姉様、後ほどお叱りはいくらでも受けます。ここではお控え――。」
「私に意見するなんて、どういうつもりかしら!?」
「ですから、お姉様。周囲の状況を見て仰って下さいませ。」
怒りで我を忘れている姉に、私は嫌々ながらに言うも、
「だから、何だというのです?!あなたはそう言って、私の言葉を聞き入れませんわね!ファウンティール侯爵家の娘であるあなたに、きちんとした礼節を弁えなさい、とわざわざ叱りにきているのに、その態度は一体何なのですか!?」
とお決まりのお説教が始まってしまい、内心で呆れつつも聞き流していくしかない。出来れば、この状況を背後にいる双子には見せたくなかった。本当は姉に会う前に少し仲が悪いのと、私が不出来なのを叱っているのだ、と軽く話しておくつもりだったのに、真っ先に姉と遭遇してしまっては、話せなかったのを内心で悔やむ。
「トゥリア様。」
すると、クリスが冷ややかな声で姉の名前を呼んだ。私への説教に水を差された姉はギリッとクリスを見上げて睨んだ。
「何ですの?"借金侯爵"のご子息さん?」
「その呼び名は父への侮辱になります。先程名乗っている上で、そのように仰るのは、かえってファウンティール侯爵家の名に傷をつけることになります。」
クリスがすっと私と姉の間に入り込んで、姉を見下ろした。その間に私の横にクレオも移動し、同じように睨んでいるのが視界の端に見えた。
「それよりも、そろそろ教室に向かわないと、リアが間に合わなくなります。ご容赦頂けませんか?」
丁寧な口調なのだが声色は冷ややかなクリスに、姉はぐっと怒りを抑えこんだようだ。私は遅れてしまえば、それはそれでダメだと悟ったのだろう。
「カメリア、後で私のところに来なさい。いいわね!?」
「はい、お姉様。」
思わず嫌々で答えてしまったものの、姉はさっさと園舎の玄関へ向かっていったので、私はようやく落ち着いて息を吐いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?