第05話  幼少時代5

「失礼します。お嬢様、お手紙が来ておりますよ。」
あれから半月、修業を前向きに取り組み出して、今までの生活よりも充実していた。私室でクレオリッドにお勧めされた本を読んでいた私に、専属メイドのマリーが嬉しそうに手紙を持ってきた。こういう時は双子から手紙だとすぐにわかった。
「ありがとう、マリー。紅茶のお代わり、もらえるかしら?」
「はい、お嬢様。」
読書を一旦止めて、マリーが手渡してくれた手紙の差出人の名前を見る。
「今日はクリスフォード様からだわ。」
「黒い髪のお兄様の方でしたね。」
マリーは、私のお気に入りの紅茶を注ぎながら答える。
手紙の中身は、リアナイト公爵夫人がファウンティールの宝飾品のオーダーメイドを依頼するらしく、明日ファウンティールの屋敷に一緒に行くことが書かれていた。
「まぁ、明日来てくださるそうよ!マリー、こないだ仕立てた薄紫のワンピースを用意して!リボンは同じ色のものがいいわ。」
「はい、お嬢様。」
前のお茶会から会える日が待ちきれない、と手紙に書いて送ったところ、すぐに返事が届いたのがきっかけで双子との文通が始まった。手紙を閉じて、近くの引き出しに大事にしまうと、すぐ明日のことで頭がいっぱいになった。
「マリー、あの家の掃除もしなきゃいけないわね。こないだ作ったドライフルーツを食べてもらいたいから、紅茶はさっぱりしたものを用意しておいて。」
「かしこまりました。」
あとは、と呟いて私は読んでいた本を本棚に戻してから、勉強用の机に移動すると置いてある箱からいくつかの石を机に並べていく。
「やっぱりこの色かしら、んー?」
あの二人に次回会うまでに、プレゼントを用意しておこうと思って、課題の度に小さな宝石を集めてとっておいたもので、いざ明日となる、と迷い始める。
「クリスフォード様は王道のアメジストだと目立ってしまいそうだし、これくらいなら大丈夫かしら。クレオリッド様はエメラルドよりはもう少し明るい色合いね。」
と呟きながら考え事をしながら石に触れていると、私室のドアがノックされた。
「お嬢様、マルフィス様がお越しですが。」
「あら、叔父様が?どうぞ。」
マリーがドアを開けて応対してる間に、私は石を箱に戻すと、中に入ってくる叔父を迎える為に振り返る。
「急にすまんな、カメリア。」
「いいえ、叔父様。どうされたのですか?今日は、屋敷にお越しになる話はなかったはずですわ。」
「いや、明日リアナイト侯爵夫人が来るんだろ?打ち合わせに来たついでにな。」
叔父は迷惑だ、と言わんばかりに肩をすくめる。おそらくリアナイト侯爵夫人の依頼が、他の製作と被って叔父自身の予定が変わったせいだろう。
「叔父様。」
リアナイト侯爵夫人という名前に不意によぎった不安を、叔父に聞いてみる。
「ん?なんだ?」
「その、リアナイト侯爵夫人は毎回、お茶会で叔父様の作品を購入されていましたよね?叔父様の作品ですから、そんなに簡単に買える代物ではないでしょう。」
本当は別のことを言いたかったが、叔父に話しても意味がないな、と咄嗟に別の話に切り替えた。
「おぉ?そうだな。こないだのお茶会で卸したのも相当の額になるはずだぞ。」
何を聞きたいのか不審に思った叔父が、それがどうした、と私に話の続きを促す。
「他の侯爵家の方々はそこまで買われてる訳ではないので、リアナイト侯爵夫人の購入回数が異常に見えるのです。」
双子に関わったことでリアナイト侯爵夫人のことも気になり始め、そういえばと思い返したら、お茶会での必ず購入する人物の一人だと思い出したのだ。高位貴族である侯爵家の財力ならば、毎回購入できてもおかしくはないが、それでも"宝石侯爵"の新作ともあれば、他のファウンティールの宝飾品よりは高価だ。
「あー、確かに。新作出せば、大体買ってるはずだな。言われてみれば、確かに頻度が高すぎるかもしれねぇな。」
私が言いたいことにようやく気付いたのか、叔父は悩ましげに顎に手を当てた。
「金銭的なものは兄貴に任せっきりだからな、聞いてみればいいだろ?」
「お父様に、ですか?」
「兄貴のことだ。喜んでカメリアに教えると思うぞ?」
父にこのことを相談して"宝石侯爵"を継ぐ気になったのか、と喜ばれても迷惑なので、叔父の言葉に少し悩んだが、不安だったので内心で覚悟を決める。
「聞いてみます。」
そう言って部屋でいたマリーに目で合図すると、マリーはすぐ部屋から出ていった。
「それと、これを渡しておくぞ。」
と言われて広げた私の手のひらに置かれたものを見て、驚いて叔父を見上げる。
「明日会うんだろう?最近の流行りはカフスボタンだぞ。」
叔父はそれだけ言うと、また明日な、と私の頭を撫でて去っていった。私の手のひらに残ったそれを見た後に、
「そんなにわかりやすかったかしら。」
やろうとしていたことがバレバレだったことに若干悔しくなりつつも、叔父が手渡してくれたカフスボタンの土台を見て、改めて心の中で感謝をした。

「お父様、失礼します。」
昼食を挟んだ後、父の仕事の邪魔にならない範囲でなら、と父の執事が呼びに来たので、執務室へ足を運んだ。執務室のドアをノックし、きちんと礼儀正しく挨拶すると、父はとても嬉しそうに私の方へ向き直った。
「カメリア、何か私に聞きたいことがあると?」
「はい、お父様。明日お越しになるリアナイト侯爵夫人のことで、少しお聞きしたいことがありまして。」
その名前が出た瞬間、一瞬だけ眉を吊り上げる父。何故知ってるのか、と思ったのだろうが、先程叔父が来ていることや私が双子と文通をしていることを知っている父は、内心で納得できたのであろうか、すぐに笑顔に変わった。
「ああ。それで、何を聞きたいんだい?」
「リアナイト侯爵夫人はお茶会の度に、叔父様の作品を購入されていますよね?」
「よく見ているね。その通りだよ、カメリア。」
父は本当に感心した様子で、私に向かって微笑んだ。
「"宝石侯爵"の新作ですから、他よりもずっと値が高いはずですよね?」
「———カメリア、その真意を聞いていいかい?」
真剣な表情に変わった父に、私はまっすぐと視線を向けて続ける。
「リアナイト侯爵家は、そんなに裕福なのですか?」
「ふむ、確かに他の侯爵家よりは幾分裕福ではあるよ。何せ、当主は宰相補佐官だからね。優秀な人物にはそれ相応の報酬はあってしかるべきだよ。」
父の言葉に、何も問題ないのかと内心で思い直して、そうですか、と呟いた。
「何か気になることでもあったかい?」
そう問われた私は、父に叔父には言えなかったことを言おうか悩んで、視線を彷徨わせた。
「いえ、気になっただけです。」
「どうしてそう思ったかは、話してくれないかい?」
父は何故私がそう思ったか、疑問に思ったようだ。
「その、私の想像ですので、確証がないのです。」
「そうか。賢明な判断だ、カメリア。憶測で物事を語ってはいけない。ただ、憶測のままにしておくのもダメだ。父親の私にもまだ話せないかい?」
そこまで言われても正直、踏み込んで話していいのか不安になった私は、咄嗟に頷いて返してしまった。
「なら、また気になるようなら話しなさい。」
「申し訳ございません、お父様。」
私は申し訳なくなって頭を下げると、父は何故か嬉しそうに話し始めた。
「いいや、カメリアから話に来てくれるから、てっきりまた何かのお願いかと思ったよ。最近は修業も真面目に取り組んでいるようだし、少しは"宝石侯爵"を―――。」
「失礼しました。」
思った通りの展開になりそうだったので、私は気持ちを切り替えてさっさと父の執務室を後にした。背中から聞こえる落胆のため息を無視して、後ろ手でドアを閉めた。

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