第17話 希望の宝石5

教室には20席ほどの机とイスが並べられ、特に席の指定もないようで自由に生徒が座っていた。私とチェルシーが教室に入った瞬間、他の生徒がこちらに一気に視線を向けた――—他の生徒が私を値踏みする、私の一番嫌いな瞬間だ。
「まぁ、ファウンティール侯爵令嬢様だわ。」「隣にいるのはあの"染物伯爵"の。」「お二人揃って来られるとは。」「似た境遇ですものね。」
女子生徒の声のほとんどが爵位のある貴族令嬢だろうか、周囲を見回す振りをして一瞥するとその声が一気に止んだ。女子生徒達の顔に覚えがないことは、私が表立ってパーティーに出ていないのもあり、内心で今後のことを考えると気が重くなっていた。
「初めて見たが麗しい。」「カメリア様はなんと愛らしい。」「チェルシー嬢も麗しいな。」「異名の通りだ。」
一方、男子生徒の声は貴族特有の褒めちぎりから始まっていた。これもこれで迷惑なのだが、先程の女子生徒の声よりは幾分ましだった。まるでどこ吹く風のようにそれらの声を無視しつつ、二人で座れそうな席を見つけて、チェルシーと共に座る。窓側の横並びで座ると、チェルシーは私の方を向く。
「そういえば、先程トゥリア様とお話してました?」
「えっ、ええ。」
嫌なところを目撃されたな、と少し動揺したが、何度かお茶会での姉妹のやり取りを見ているであろうチェルシーは、ふふっと笑った。
「珍しくトゥリア様が"乱れた"ご様子でしたね。今日は"勝った"んです?」
その言葉が裏付けとなり、私はにっこり笑ってチェルシーに返す。確かチェルシーとは、私が姉に言い返すのを止めた時期には会っていないので、口喧嘩をしていた当時は姉が私に説教をし、ふんぞり返るような態度が目立っていたはずだ。
「ええ。"親しい方々"を侮辱したので、遠慮なく言わせて頂きましたわ。」
なので今日は勝った、ということにしておこうと話を続ける。すると、チェルシーは楽しそうに笑みを浮かべた。
「その親しい方々とは、傍にいらした双子の"騎士(ナイト)"様?」
どうやら姉と同様にチェルシーは最初から見ていたようだが、チェルシーには見られていたとしても、一切嫌な気持ちにはならなかった。
「ふふ、そうですわ。」
私がそう言って笑っていると、チェルシーはまぁ、と少し顔を赤らめた。
恋愛に関わる話は自分が関わっていてもいなくても、女子にとっては尽きない話の一つだ。当然チェルシーも聞きたがるだろうな、と予想はしていたが、双子の恋人という時点で引かれないか心配していたが、チェルシーは気にする様子もなく楽しそうに話を続けている。
「いつからですの?」
「実は、ついさっきなんですの。お父様の計らいで馬車が相席になって、私から交際を申し上げたら、受けて下さったんですわ。」
「まぁ!まぁ!」
チェルシーは楽しそうに会話を続けているが、私達から少し離れた位置にいた女子生徒の中に耳がよく聞こえるようで、近くの女子生徒と内緒話をし始めているのが視界の端に見えた。
「どちらの方が騎士様なの?!」
「実は、両方ですわ。」
「まぁ!双子の騎士様なんて、素敵ですわ!恋愛小説のようで羨ましいですわね!」
チェルシーはまるで自分の事のように幸せそうに語るので、私も少し嬉しくなってはいたが、周囲の視線が気になって上手く笑えなかった。チェルシーに引かれなかったことは良かったのだが、おそらく聞こえた周囲の生徒達は、引いたんだろうなと内心落ち込んだが、
「応援致しますわ!」
と言ってくれるチェルシーに、ありがたみを感じた。それを見計らったかのように教室に先生らしき人物が入ってきた。生徒がそれぞれ近くの席に座り始め、静けさが支配した頃に先生らしき人物は口を開いた。
「ハルシオネ高等学園へようこそ。この学年を担当する、アベル・グレイ・メーヴェルだ。主に経済、礼儀作法、一部の魔法学を受け持っている。選択してる生徒諸君は、覚悟をしておいてくれ。」
先生が名乗った瞬間に教室にいた生徒がざわついたが、理由はすぐにわかった。
メーヴェルとは現ウッドヴァレー王国の国王陛下の姪ミシェーラ様が、婚姻により王族を離れた後に賜った侯爵位だ。ミシェーラ侯爵には三人の夫がいて、その内の一人がアベル先生ということだ。
「その反応は皆、私があの"多夫侯爵"の夫の1人とわかってるようだね。多夫制度に関わる相談にも大歓迎だよ。愛は何物にも勝るものだ、覚えておくといい。」
冗談なのか定かではないが、一部の生徒から笑い声が聞こえたのも満足した様子でアベル先生は、学園での生活や注意事項について話し始めた。

「説明は以上だ、質問はあるかい?なければ、次の授業から各自選択した授業のある教室へ向かってくれ。」
アベル先生の説明が終わり、生徒達が各自散らばって行動し始めた。それを横目にチェルシーへ話しかける。
「チェルシーはこの後、どうなさるの?」
「礼儀作法の方ですわ。カメリアは?」
チェルシーに問われて、私は最初の授業を書いた紙を見てから答える。
「私は魔法学ですわ。じゃあ、また後で会いましょうね。」
ここで一旦チェルシーと別れ、席を立ったチェルシーを見送ると私も席を立つと、見計らったかのように、すっと近づいてくる人影を視界の端に捉える。
「カメリア嬢。今、少しお話でもよろしいでしょうか?」
落ち着いた色合いの金髪を一つに束ね、細めの濃い赤茶の瞳の少年がゆるやかに一礼した。制服の着こなしに違和感があるのは、おそらく顔立ちがどこか貴族という身分ではないように見えたからだ。
「どなたかしら?」
「失礼、私はアルフィス商会所属のミッドウェルと申します。"宝石侯爵"様には日頃、大変お世話になっておりまして、ご挨拶をと。」
ニヤリ、と笑った少年―――ミッドウェルの顔をまっすぐ見上げる。案の定、爵位を持つ貴族ならば必ず名乗る爵名を言わなかったので、ミッドウェルは庶民の出であることを察した私は、少し警戒を緩める。第一印象がきつい感じもするが、人懐っこい笑みを浮かべる彼の印象はそこまで悪くなかった。
「叔父様のお知り合いでしたか。」
「ええ、こうして"偶然"お会いできるとは。"次期宝石侯爵"であられるカメリア嬢にもぜひ、今後とも御贔屓に。」
わざとらしい口実を並べ立てたミッドウェルが、どこか叔父の豪快な笑みと重なる―――なるほど、"似た者同士"かもしれないわね。と勘繰る。
「わざわざありがとう、ミッドウェル。叔父様同様に、よろしくお願いしますわ。」
「麗しきカメリア嬢に、そう言って頂けると励みになります。何かございましたら、どうぞ遠慮なくお申し付けください。」
「ありがとう。けれど、堅苦しいのは結構ですわ。叔父様にもそんな話し方、されないでしょう?」
私はそう言うとミッドウェルは一瞬ぽかんとしたが、すぐニヤリと笑みを見せた。
「いえいえ、ファウンティール侯爵令嬢に無礼のないようにするのは当然のことですから。」
どうやら意地でもこの場をそれを貫く様子のミッドウェルに、私はそう、と呟いて肩をすくめる。
「そろそろ時間ですかね。私もこれで失礼致します。今後ともどうぞ、よしなに。」
と礼儀作法に沿って頭を下げるミッドウェル。それを見て周りがざわつくも、貴族間の挨拶の一つ程度の認識である為か、すぐ元の雰囲気に戻った。
「ええ、また会いましょう。」
当然のようにそれを流して、私も教室を後にしようと歩き始める。
「―――確かに似てんな。」
というミッドウェルの呟きに、思わず内心クスッとしてしまった私。
どうやら、彼は叔父様とそれなりの仲であるようだ、と心に留めておくことにした。

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