第13話 希望の宝石2

「積もる話もあるだろう、ってファウンティール侯爵様が馬車の手配をしてくれたんだ。」
私達が落ち着いた頃、双子がこの馬車にいた理由を話すクレオリッド。
「もう、お父様ったら。そう言ってくださればいいのに。」
「僕達も、もう話してるものだと思ってたよ。さっきのカメリアの反応を見ると、ファウンティール侯爵様のしたり顔が目に浮かぶよ。」
楽しそうにクリスフォードは、そう言って笑みをこぼす。双子それぞれが眩しい笑顔を見せてくれて、私の苦悩の3年間がまるで解けていくようだった。
――それはそれでいいのだが、
「ところで、お二方。」
先程から居たたまれない状況にされていて、私は仕方がなく尋ねることにした。
「なんだい、カメリア?」
「どうして、私の両側に座ってらっしゃるのですか?」
空気を読んだ御者がゆっくりと馬車が走り出してから、クリスフォードもクレオリッドも私が座った席の両側に座り、今まさに密着状態で会話をしていたのだ。
勿論、嬉しすぎてずっとこうしていたいのだが、このままだと自分の気持ちが昂りすぎて要らぬことを言ってしまいそうになるので、必死に自分自身を抑えている、というせめぎ合う内情にパニックになってしまいそうだ。
「ボクはすぐ酔っちゃうから、進行方向に向いて座らないとダメなんだ。」
「クレオがそっちに座るなら、空いてるのがここしかないからね。」
と言い訳しつつも、双子はにこやかに両側から私を見つめ返してくる。双子の言葉はすごく嬉しいのだが、やはり状況と心情で落ち着かない。そろそろ落ち着いて話したいのだが、状況的にそうはならなそうだ。
「嫌かい?」
「いいえ、全く!ただ、お二人が狭いのではないかと。」
「えー、狭くないよ?これくらいがちょうどいいんだ。」
クリスフォードに即答するも、その後の返しに一切気にしてない様子のクレオリッドに、私はこの状況が続くことに頭の中は先程のまま混乱状態でいるしかなかった。
「3年も会えなかったんだ。今日は、大目に見てほしい。」
しんみりとクリスフォードに言われてしまい、私はぐうの音も出ない状況に陥って、大人しくこの状況を受け入れるしかなかった。
「ねぇ、カメリア。」
少しの沈黙の後、クレオリッドが真面目な表情で私に話しかける。
「ボクに何か出来ることないかな?」
「出来ること、ですか?」
内心尋常じゃない心持ちの私は、努めて冷静に質問を返す。
「うん。あの時怖い思いさせちゃったし、ずっと寂しい思いさせちゃったから。」
「それは、仕方がないことですわ。」
「何かをさせてほしいんだ、カメリア。僕達の気が済まないんだ。」
クリスフォードもまた、同じ思いなのか会話に混ざってきた。
双子から何かさせてほしい、と言われるとは思っていなかった私の頭の中は、枯れ果てた野原に、満開の花畑が一瞬で出来上がったような高揚感で満たされていった。それを顔に出さないように必死になりながら、
「そ、そうですわね。」
私は困った様子で笑いつつも、何か考えるフリをした。
実はそのセリフ、待ってました!と心の中では決めてはいたが、いざそれを口に出していってしまっていいのか――"お二人とも、私のものになって"とロマンスの欠片もないセリフを、いかに耳触りの良い言い方をするか悩んでいた。だが、今言わなければこの先も言えなくなってしまいそうな自分を必死に奮い立たせて、決意を込めて口にした。
「あの、すごくワガママなお願いになっちゃいますが、いいですか?」
「いいよ!カメリアが望むなら、何でもするよ!」
クレオリッドが何度も頷いて答えた。クリスフォードも優しそうに笑みを返す。双子の了解を取っておいてから意を決して、私は一呼吸した後に二人の顔を見て言った。
「つ、き合って、欲しいですわ。」
結果、我ながら情けない声の上に尻すぼみでありきたりな言葉でしか言えなかった。
「ん?何にだい?」
間髪入れずにクリスフォードは聞き返すし、クレオリッドは疑問符が頭の中を巡ってるようだ。当然だ、そんな言い方をすれば、誰だってそう聞き返すことが予想できたのに、私は内心で自分を殴りたい気持ちになりつつも、勇気を出して双子に思いをぶつけた。
「ですから!その、こ、恋人として、お付き合いしてほしいのです!」
「「―――。」」
それは見事なほどに双子が同時に停止した。
おそらく本人達は、こんなことを予想していたはずもないだろう。私達は2回しか会っていない上にその後の会えず、話せずにいた期間が3年もある状態だ。それで恋愛感情など抱くことすらないだろう。仮にそう思っていたとしても再会して即、交際を申し込まれるとは思ってもいなかったはずだ。
「あ、いや、その。そういう関係のお方がいなければ、ですけど。」
ある意味、空気を読まなかった私は慌てて取り繕うように言って、頭の中がパニックになっていることが、顔に出る前に両手で覆った。
「急すぎて、申し訳ないですわ!でも、でもずっと、お慕いしていましたの。」
指の隙間からのぞけば、双子は互いの顔を見合わせて困惑した表情だ。やっぱり今言うべきではなかったのでは、と内心で焦りながらも、何とか承諾してもらえないか、と懇願する気持ちが顔から出そうになっているのを必死に抑える。
「いや!その、確かに私なんかが"お二人の恋人"なんて贅沢かもしれませんが!」
「―――"ふたり"?」
クリスフォードの戸惑いの声が聞こえて、思わず私は顔から手をどけて返答する。
「え?あ、はい!お二人ともですわ!ですからワガママだと―――。」
「あぁ、そうなんだ。」「そう、なのか。」
双子は何かに納得した様子で同時に呟いた。ふいに沈黙が下りて、今度は私が固まってしまいそうになったので、この居たたまれない沈黙を会話でつなぐ。
「いや、その。何と言いましょうか?!私のワガママなので、お二人にご無理を言うつもりはなくてですね!?」
と一人で真っ赤な顔のまま慌てる間に双子は同時に立ち上がった。すっと私に振り返ってから馬車の床に片膝をついた姿勢になる。
「へっ?」
侯爵令嬢らしからぬ間抜けた声が出る―――当然だ、目の前に妄想し続けていた光景が広がっていたから。
「良かった。僕も、ずっとそう思っていたんだ。」
クリスフォードが私の左手を取ると、感嘆のため息をこぼした。
「ボクでよければ、ぜひカメリアの恋人にさせて?」
クレオリッドが私の右手を取ると、嬉しそうに微笑んだ。
「「勿論、喜んで。」」
全く同時に双子は同じ台詞を口にして、全く同時に私の手の甲にキスをした。
「あ、あわ。」
――これは現実なのか?まさか、思いが通じていたとは思わなかったし、いや通じていると願っていたが、すぐに双子共は無理だと思った。しかも、交際を受け入れる為にわざわざ片膝を地につけて、手の甲にキスをする騎士のようなポーズを双子同時で――と頭が混乱している間に、双子は元の席に戻りながら、顔を見て笑い合った。
「ふふ、良かった。"どっちか"なんて言われたら、ボク困っちゃったよ。」
「本当にそうだな。どちらにしろ、譲る気はなかったが。」
「へぇ?兄さんなら、譲ってくれそうなのになぁ。」
「これは譲れないな。たまには兄の顔を立ててくれてもいいんだぞ?クレオ。」
思考暴走中の私をよそに、双子はマイペースに会話を続ける。
「ふふ、嬉しいな。カメリアの恋人なんて、夢みたいだよ!」
「そうだな、本当に夢のようだ。」
双子が恋人になった本人を目の前にうっとりと何かを想像している様を、両側から見せられたまま、馬車はようやく学園内敷地へ入ったところだった。

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