第12話 希望の宝石1

高等学園入学初日。
支給された制服に袖を通し、マリーに手伝ってもらいながら髪を整える。
胸元まで伸びた髪を編み込みでサイドアップにし、後ろはそのまま流してもらうと貴族令嬢っぽい雰囲気にまとまった。
「お嬢様、とってもお似合いですよ。」
「あら、そう?少しは侯爵令嬢っぽく見えるかしら。」
「何をおっしゃいますか、いつでもお嬢様は麗しの侯爵令嬢ですよ。」
マリーのお世辞にふふっと笑いながら、通学カバンを手に部屋から出る。これから始まる学園生活に不安だらけでやや緊張した気持ちで階段を下りていくと、
「お、カメリア。今日からだったな。」
玄関から工房に繋がるドアから、ひょっこりと叔父が顔を出す。
「はい、叔父様。行ってまいります。」
「おう、気ぃつけてな。あと、こいつを。」
と手招きする叔父が私の手に乗せたのは、可愛らしいデザインのイヤリングだった。
「"ムカつくやつがいたら、ぶちかませ"。」
「まぁ、叔父様。それくらいは自分自身でどうにか出来ますわ。」
「なぁに、お守りだお守り。つけてけ。」
ニヤニヤと意味ありげに渡してくるので、私は訝しげに見つつもその場でイヤリングを身に着けた。白い髪色に映えるそのイヤリングは、今日から始まる学園生活に勇気をもらった気がした。
「おう、カメリアにはラベンダーサファイヤが似合うな。」
「ふふ、そうですか?叔父様のプレゼント、大事にしますわ。」
「おう、帰りも遅くならねぇようにな。」
といつもの調子で私の頭を撫でた叔父は、嬉しそうに工房へ戻っていった。それを見送ってから玄関に置かれた姿見を見ながら、何度自分自身の姿を確認する。
予想されるこの先の不安もよぎるが、何より初日に双子に会えるかもしれない、という期待もあってか、念入りに確認しているとマリーから声がかかる。
「お嬢様、馬車が来たようですわ。」
「あら、早いわね。じゃあ、マリー。行ってきますわ。」
「はい、お嬢様。もし何かありましたら、向こうにいるトゥリアお嬢様のメイドに申し付けてくださいね。」
そう言われて、姉に関わる内容を聞いてしまい、内心あまり頼りたくないなと思いつつも、笑みでそれを誤魔化して頷いた。最後にもう一度だけ、姿見を見直してから玄関を出ると、すでに馬車が横付けされ、ドアの前には御者が笑みを浮かべて一礼した。
「カメリア・ローザ・ファウンティール侯爵令嬢様、お待ちしておりました。」
「ええ、開けてくださる?」
「その前にお詫びせねばなりません。我々の不注意で本日のみ、他の侯爵家のご子息の方々が相席となっております。」
丁寧に謝罪する御者の言葉に、私はこないだの父の言葉を思い出した。随分と丁寧にお詫びを口にする御者に対して、笑みを浮かべて私は返答する。
「いいえ、こちらの手続きが遅れたのもありますわ。」
「そう言ってくださると助かります。もう侯爵家の方々は中でお待ちになっております。短い間ですが、どうかご容赦くださいませ。」
では、と御者が馬車のドアをゆっくりと開けた。そのまま御者の方へ一礼して、馬車に乗り込んだその時だった。

「きゃっ!」
突然、横から何かに抱きつかれてそのまま逆側へ押し倒されそうになる。私は咄嗟にこらえようとしたが、思ったよりも力強い衝撃に耐えきれずに、されるがままに倒れこむはずだったが───トン、と優しく私を抱き締めるように何かにぶつかった。
「あっ、」
と声をあげた後で、受け止めた人物が恐らく先客である侯爵家の人だと気づいて、慌てて私は謝ろうとしたがその前に、
「「カメリア! 」」
押し倒してきた方からとぶつかった方からと同時に声があがった。耳に入ったその声は、今一番聞きたくて待ち遠しかったその声で、私は一瞬でその声の主達を理解したのだが、衝撃的な声のかかり方に、我を忘れて唖然としてしまった。動かせた視線で見れば、押した方を見れば淡い金色の髪が揺れ、背後を振り返れば黒紫の髪が見えた。
「あ、あっ。」
「会いたかったよぉ!カメリア!」
聞きたかったあの声は変わらず、高くて愛らしく心に響いて聞こえた。
「あぁ、この宝石のような綺麗な髪。カメリアだ。」
前よりも低いがしっかりと染み入る美しい声が、また別に心に響いて聞こえる。
「あ、あぁ。」
嬉しい瞬間がようやく訪れたはずなのに、私は咄嗟に言葉が出ず、情けないことにパクパクと口を動かすだけだ。
「あはは、カメリアってば。ビックリし過ぎだよ。大丈夫?」
「クレオ。いくらカメリアに会いたかったからとはいえ、いきなり飛びつくのはやりすぎだ。見事に固まってるだろう?」
いつの間にか馬車のドアが閉まっていて、三人だけの空間に変わった馬車内に二人の声が響く。私はゆっくりと思考が回り始めたところで、ようやく言葉を口にできた。
「ク、クレオリッド、様?」
「あっ、やっと呼んでくれた!」
「クリスフォード、様?」
「あぁ、そうだよ。カメリア。」
双子の名前を呼んでから一旦二人から体を離し、真正面から二人の姿を見る。
クリスフォードはサラサラな黒紫の髪を後ろにまとめ、三年前よりも背が高くスラッとしてるのに、先程受け止められた時にちゃんと鍛えてるのはわかった。
クレオリッドはふわふわの癖っ毛な淡い金髪を揺らし、クリスフォードと同じく背が伸びているはずなのに、少年らしさの可愛さが残っていて、双子の瞳は翡翠にも負けない翠に輝く美しい色で煌めいていた。
――まさか、もう会えるなんて、と心から歓喜に震える瞬間は初めてだった。
「クレオリッド様。」
「ふふ、なあに?」
「クリスフォード様。」
「あぁ、なんだい?」
待ちに待った瞬間が、自分の予想よりも早く叶ったことに戸惑いながらも、私は心の底から声を上げた。
「あぁっ!やっと会えた!!」
心からの歓喜が抑えきれず、大きく広げた両腕で双子を抱き締める。二人もまた優しく力強く、私を抱きしめ返した。
「会いたかったよ、カメリア。」
「ああ、やっとだ。」
クレオリッドの声も私につられて泣きそうに滲み、クリスフォードの声が染み入る様に響いた。私も泣きそうになる自分を抑えようと、双子を抱きしめ続けた。
「ずっと、ずっと会いたかったですわ!」
「僕達もだよ、カメリア。」
「ごめんね、辛い思いばっかりさせちゃったね。」
自分だけでなく、双子自身もつらい日々だったと思うのに、双子はひたすら私に謝り続け、私は一生懸命首を横に振って応えるも、涙が出そうで堪えるしかなかった。
「本当に、本当にお二人なのですね。」
そう言って双子の顔を見上げれば、双子も嬉しそうにこちらを見ていた。
「あぁ、本当に僕達だよ。」
「カメリアは、とっても美人になったんだね。」
クレオリッドの言葉に首を横に振って答える。
「お二人の方が、とても素敵な男性になられていますわ。」
「ふふ、嬉しいよ。」
「えへへ、褒められちゃった!」
私の言葉に双子はとっても嬉しそうに笑みをこぼす。3年間も待ち望んでいた、夢のような時間のせいで、嬉しさのあまり抱きついたままになっていたことに気づいて、私はあっと双子から腕を離した。
「すみません。嬉しすぎて、つい抱きついたままでしたわ。」
離した腕を名残惜しそうに見る双子だが、クリスフォードが私の手を掴むと、それを見たクレオリッドも手を掴んだ。
「構わないよ。僕達もこうしていたいから、繋いだままでいいかい?」
「えっ、ええ!勿論ですわ!」
「カメリアの手、あったかいね。」
クレオリッドがしみじみとそう言った言葉が、何よりも嬉しく感じた。

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