第16話 希望の宝石4

姉の姿が完全に見えなくなってから、私は双子の方へ視線を向けた。
「巻き込んでしまってごめんなさい。クリス、クレオ。」
「随分と"苛烈"なご令嬢だね、君のお姉様は。」
不快感を隠さずにクリスは、姉が向かった玄関の方を睨みつけていたが、すぐに私の方に向き直り、心配そうに私を見た。
「あれは酷すぎるね。いつも、あぁなの?」
同じように心配そうに見つめるクレオに、私は苦笑いで返すしかなかった。見上げた先にある園舎の玄関の近くに建つ時計塔を見て、先程クリスが言ったように始業時間が迫っているのに気付く。
「姉を止めて下さってありがとうございます。ここからは一人で行きますわ。」
園舎の玄関近くで姉のお説教を聞いていたので、ほとんどの人に見られていたであろうことを気にしつつ、私は双子に笑みを浮かべる。
「そうだね。学年も違うから、教室まで一緒に行けないよねぇ。」
「クレオ、馬車での話はお忘れですか?」
と私が返すも、わかっているのかいないのかニコニコと笑うだけのクレオに、同じように笑みを浮かべたクリスが、代わりに私に話しかける。
「昼食くらいは、一緒にいいだろう?」
「それは構いませんわ。クリス達はいつもどうなさってるですか?」
この学園には食堂があり、有名店で修業したシェフ達が生徒たちの昼食を作ることでも有名で、それも楽しみの一つになっていた。
「食堂で済ませちゃうよ。」
「なら、私もご一緒しますわ。食堂で待ち合わせでもいいですか?」
昼食の約束を取り付けると、双子は嬉しそうに頷いた。
「それじゃ、また昼に。」
「リア、頑張ってきてね!」
双子がそれぞれ手を振って、私が教室へ向かうのを最後まで見送ってくれた。


"国立ハルシオネ高等学園"
礼儀作法から、魔法教育や武技訓練等、さまざまな高等教育を学べることや、高等学園の出であることが立派な経歴として掲げられるせいか、国に仕える爵位を持つ貴族だけでなく、裕福な庶民が高い入学費を払ってでも通わせようと、毎年入学希望者が殺到する程の人気の学園だ。受ける授業は必須科目以外は本人の選択制で一部例外はあるものの、基本的には学年毎に決められている。
そんなことを書かれた入学案内の書面を片手に、今日から通うはずの教室を探して、広い園舎内を歩いているところで、
「もし、あなた―――。」
と渡り廊下の途中で、不意に背後から声をかけられた。振り返って声の主に向き直ると、そこにいたのは見覚えのある女生徒がいた。何とか記憶を掘り返すと、幼い頃によく似た容姿の少女を連れた母の親友である夫人とお茶会した光景を思い出せた。
「もしかして、アルジェリア伯爵の。」
「ええ、チェルシーですわ。本当に久しぶりですわ、カメリア様。」
スカートの裾をつかんで一礼する彼女―――チェルシーは、母の親友であるアルマ・ブラン・アルジェリア伯爵夫人の長女で、何度か母が招いたお茶会に出席した際に一緒になっていた。似た境遇だったことや同じ歳同士、話が楽しかったのも同時に思い出した。
「カメリア様も、今年ご入学だったんですね。」
「ええ、そういえば同じ歳でしたね。ちょうどよかったわ、教室を探していたの。どこにあるかしら?」
「私も今、ちょうど戻るところでしたの。一緒に行きましょうか。」
渡り廊下から教室までの間、久しぶりに顔を合わせた者同士で軽く話をする。
ゆるくウェーブする明るめの茶色の髪に、日差しに煌めくオニキスの様な瞳。同じ歳のはずなのに、姉と同じくらい大人びた容姿。初めて会ったときはもう少し幼さが残っていたのに、と心の中で一人羨ましくなってしまった。
「そういえば、まだストライキ中ですの?"次期宝石侯爵"の修業は。」
チェルシーに振られた話題に、そういえば当時は我侭し放題だったことを思い出し、私はちょっと戸惑いつつも頷いて答える。
「いいえ、もうそんなこともいっていられなくなりましたわ。今は叔父様の――"宝石侯爵"の下で修業してますの。」
「まぁ、あんなに嫌がってらしたのに。」
鈴が聞こえそうな軽やかな笑いをするチェルシーに、私は目を伏せてから答える。
「そうね。今、思うと本当に幼稚な考えでしたわ。あんなことを本気でやろうとしていたんですもの。」
実は他の理由なのだが、言う必要はないだろうと私は窓の外を見てやり過ごす。
「そうだったのですね。私も似た身の上ですから、密かに応援してましたのに。」
「あぁ、チェルシーもそうですものね。」
私が"宝石侯爵"の名を背負うことになるのと同じく、チェルシーはまた"染物伯爵"と呼ばれるアルジェリア伯爵の娘として、布地などの染色の修業中の身であったことを思い出す。ただ、チェルシーの場合は、幼い頃から私と同じように後継者だと言われても、投げ出すことはせず、堅実に修業していたのは当時のお茶会で聞いていた。
「私の場合は嫌だった時期もありましたが、今はむしろ父上を越えるつもりで、新作を手掛けてますの!実際にもうお取引をさせて頂いてるお店もあって、そちらに集中したくて、この学園に通うのも嫌でしたけど、」
チェルシーは一度言葉を切って、私にとびっきりの笑顔を見せた。
「こうしてカメリア様とお会いできたんですから、これからの学園生活は楽しくなりそうですわ!」
「ありがとう、チェルシー。ぜひ今度、作品を見せてくださいね。」
「勿論ですわ!私も、カメリア様の作品も拝見したいですわ。」
そう言われて、まだまだ作品と呼べるものが作れていないのを痛感している私は、苦笑いしつつも頷くと、ちょうど教室が見える位置まで辿り着いた。教室に入れば否応なしに視線が集まり、緊張してしまうだろうから、と私はチェルシーに向き直る。
「今日からはクラスメイト同士、ぜひ仲良くしてくださいね。」
私がそう言うと、チェルシーはとても嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ええ、ぜひ!お互いのお母様のように、親しくなりたいですわ!」
この教室に入る前に、気の許せそうな友人が出来たのは正直ありがたい。私も同じ気持ちを、チェルシーと共有できていたことが嬉しかった。
「なら、今からお互い堅苦しいのはなしにしましょう。チェルシー?」
「えっ、と。いいのかしら?」
チェルシーが戸惑ったのには理由がある、それは爵位の問題だ。ファウンティール侯爵家とアルジェリア伯爵家、共に高位貴族ではあるものの、侯爵家の方が上位だ。下位の貴族は皆、上位の貴族には礼儀を払うのが通例だ。しかし、当事者同士で親密な仲になればそれはまた別だ。私は以前から面識もあり、母同士が親友でもあるのだから、チェルシーに対しても仲良くありたい、と願えた。
「勿論よ。友達なんですから、私のことはカメリアって呼んで?」
オニキスのような美しい黒い瞳を輝かせて、チェルシーは喜んで!と笑った。
「じゃあ、行きましょうか?チェルシー。」
私は幼い頃に一度だけ交わした手を差し出すと、チェルシーはとても嬉しそうに笑顔に変わって手を握ってくれた。
「ふふ、久しぶりに手を握りましたね。私の手、荒れていて触りづらいでしょう?」
「そんなことありませんわ!私の手こそ、水を扱いますし、荒れているでしょう?」
お互いが同じことを言い合ったことに、クスクスと笑い合ってしまう。
「そろそろ始まってしまいますわね。教室に行きましょう。チェルシー。」
「ええ、カメリア。」
チェルシーから名前を呼び捨てられても、親しくなれた気がして嬉しくなった。

あの姉が通うこのハルシオネ学園では、私は"宝石侯爵"の後継者として見られる視線で不安だらけの学園生活になるだろう。
この初日早々のチェルシーとの再会は、後の人生においても運命的な出会いだった。

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