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スワロー亭のこと(24)土禁の古本屋

土禁の店といったらどんなところだろうか。

飲食店には入口で全員が靴を脱ぐことになっている店も少なからずある。馴染みの薄い土地で、旅先で、「どこかでご飯を食べようか」という話になって、当てもなく歩いた道沿いにちょっといい感じの店を見つけて「行ってみようか」と扉をくぐった瞬間、靴箱が並んでいるとちょっと「うっ」となる。そんな日に限ってレースアップブーツなどを履いていたりして「しまった」と思う。数人で連れ立っていたら「自分は時間がかかるから、どうぞお先に上がってください」ということになる。会計後も上がり口で座り込んで紐を結ぶのに手間取って、そんなときにかぎって別のグループのお客さんと鉢合わせたりして、場所を取っているなあ、自分は邪魔なんだろうなあ、早く立たなきゃなあ、と焦ってますます紐が結べなかったり。

近所の行きつけの店でも、小上がりの席に着くことがある。初めからわかっていればスリップオンの靴を履いていくだろう。予期せぬなりゆきで小上がりへとなった場合には、面倒な靴を履いていれば胸中ひそかに悔やむ。なにかの事情で席を立つとき、毎回靴を履いてまた脱いで上がってというのがちょっと煩わしくもある。

土禁の店、または店の一隅に設けられた土禁スペースには少々不便を感じる。

自分もそうであるのに自分の家の店を土禁にした。それまで半分土足OK、半分土禁だった店を、店主が「全部土足OKにしてはどうか」といってもいた店を、オール土禁にした。

なんというか、土足OKとすることによって生じる店内の空気感がどうもこの店にはあまり似合わないのではないかという気がした。

たしかに靴を脱がなければ陳列商品を見られないという店のつくりはハードルになるだろう。そのために、なにか気に入った商品を見つけて買ってくださったかもしれないお客様が、その商品にたどり着けずに帰ってしまわれる、というケースも起こりうる。そのことを勘定に入れても、そのリスク以上のメリットはあるんじゃないか。

店舗の改装にあたって奥田と中島の意見が食いちがう場面は少なからずあった。話し合っていくうちに「(納得したわけではないがもう疲れたから)それでいいよ」と返してしまうことも。そのなかで土禁については中島がまあまあ強く主張した。

事情的なことをいえば、いちばんには快晴堂の洋服の仕入れ、陳列、お客様への対応を担当している立場から、土禁のほうがざっくりと衛生面で安心、ということがあった。一般の洋服屋さんだって靴を履いたまま商品を見るし、試着室に入るときだけ靴を脱いで入るのだが、いずれ靴を脱ぐ場面が来るなら初めから脱いでいたほうが、いざというとき手順がスムーズではないかとも思った。

この店が自分たちの住居の延長上にあるという点も理由のひとつだった。

履き物を履かないと店に出られない、ということのために、心理的になんだか店を遠い存在に感じてしまうところがあり、必要な用事があるとき以外は店に行かない、という習性が定着しつつあった(と言葉にしてみると、これはたんなる横着なんだろうかという気がしないこともない)。せっかく自分たちの店なんだから、もっと店と親密になりたい。土禁にすることでもっと気軽に店に出られるのではないか。営業時間外も、定休日も、店舗スペースで自分たちが過ごす時間をつくってもいい。朝の日課のラジオ体操を店でやったっていい。まず自分たちがこの場所を楽しむことが、店にとってもなにかいいことにつながっていくかもしれない。そんな予感もあった。

本屋として見た場合にも、土禁はおもしろい要素になるような気がした。お客様が好きな場所に好きなように座って本を読む場面を見てみたい。赤ちゃんが這いまわっても安心。手荷物をどこにでも置ける。

イベントをやる際にも、靴を脱いでいただくことで、寛ぎ感が増すような気もする。実際にそうかどうかは、人により状況によりなんともいえない部分もあるが、そうなるようにしたい、という願いも含めて。

店舗としても全面土禁にすることで結果的に使いやすいスペースになるのではないかと思う部分もあった。こんなことをする機会はないとは思うが、極端なことをいうと「商品を床一面に並べる」ことも不可能ではない。そのような環境にしておくことで場所の自由度が高まるような気がした。

どこまで具体的な理由を店主に伝えたのかは記憶がすでにおぼつかないが、改装後のスワロー亭は土禁の店になった。

来店されるお客様のようすを見ていると、案の定というか、なかにはやはり靴を脱ぐのが面倒らしく、入口で引き返していかれるお客様の姿もある。そういうときはなんだか申し訳ない気持ちにもなる。もしかしたらこの店のなかに、長年探し求めていた1冊が見つけてもらうのを待っていたかもしれない。書棚を隅々まで見ていただけたら、運命的な1冊との出会いがあったかもしれない。

弱気になりそうなところを、そのたびに思いなおす。これも縁と。

いっぽう、靴を脱いで上がってくださったお客様のようすには、思い過ごしでなければよいが、どこか緊張のようなものがほぐれるというか、リラックスしてくださっているのではないかと思えるようなところがある。家族連れで来店されたお客様の小さなお子さんが床に座って本を開く場面も見られる。そこらへんの床にポンと手荷物を置いて本に見入るお客様の姿も。

快晴堂の洋服は、それほど単価が安いものではないので、購入対象として見る方、初めから対象外として眺める方と分かれる部分もある。人それぞれの価値判断があるのでそれはもっともなこと。自分も知らずに入ったブランドの店で恐る恐るタグの価格表示を見て内心脂汗をかきながら、声をかけてくる店員さんにしどろもどろな返答をして辞した経験がないわけではない。

それはそれとして、服を本気で見てくださるお客様が増えたことは事実だろう。改装前はハンガーをかけるバーがなかったので、壁のわずかなディスプレイ以外はすべて畳んでラックに並べていたため、手が出しづらかったということもあったと思う。それを改装後はハンガーラックを壁に設けて半分以上の服をハンガーにかけて並べるようになったため、格段に見やすくなった。

そして床続きの試着室を設けたことで、「これ着てみたい」という1着が見つかれば、それをもってサッと試着をしていただける。

服は見ているだけのときと着てみたときとで印象が大きく変わるケースも多い。せっかく買っていただくなら、似合うもの、長く着ていただけるもの、本当に気に入ったものを選んでいただきたい。快晴堂の洋服を扱っている店は、隣町に1軒あることがわかっているほかはいまだに知らない。だからとくに、リアル店舗で快晴堂を見るチャンスの少ない地元の人たちに見てほしいと思う。そして試着をしていただきたい。そのような場面で土禁という店舗構造がプラスに機能している。と自分では思っている。

もしかしたら「古本屋の一角で売っている洋服」だからこのかたちがなじむという面もあるかもしれないが、土禁の洋服屋さんって意外といいんじゃないかという気もする。ただ、ボトムスやワンピース、ロングコートなどは自分の靴との相性を見たい場合もあるのでケースバイケースだとは思うが。

前にも書いたように、スワロー亭の改装工事は新型コロナの感染拡大と時期が重なっていた。改装工事のための長期休業が、結果的に新型コロナ対策のようになってしまったような格好。2020年5月にそーっと店を再開したものの、やはり大手をふってイベントを開催できるような状況ではなかった。2020年にスワロー亭で開催できたのは2回のライブのみ。コロナのことを考えて、いずれもキャパシティは小さめに設定した。出演者の方々のお力をお借りして、2回ともほぼ満員。土禁の店にしたことと、それによってライブがどうであったかは、まだ経験が少なくわからないが、床に座ったり寝転んだりすることも可能という点が生きる場面がこれから訪れるのではと期待している。

「店に入って『靴を脱いで上がるほどではないな』と感じたお客さんが店内を見ずに帰ってしまうケースは実際にあり、気楽に立ち寄れる場所という感は薄れたといえるかもしれない。『靴を脱ぐ』という行為はハードルになる面があるし、靴を脱いでまで店に入ったことによってお客さんにある種のプレッシャーがかかるところもあるかもしれない。ただ、おもしろい場所、落ち着いた雰囲気にはなったと思うし、今から土足OKの店に転換しようとも思わない。土足OKの店にしたほうが経営的に利を得るのではないかと考えてしまうときもあるが、それは店をやる側の幻想のようなもので、現実にはあまり売上には関係ないのではないか。のんびり、じっくりと時間を過ごせるような場所として店をつくりこんでいき、『ふらっと立ち寄る場所』というよりは『わざわざ訪ねる場所』になれるようにしていきたい。」

店主は土禁についてこのように話している。

現時点では店の改装からまだ1年経っていない。奥田も中島も土禁にしたことをプラスに受けとめており、なにかしらの可能性を感じながらできることをやっていく、といった段階だ。

ほかでもない店舗と同居している自分たちにとって、土禁の店舗スペースは改装前よりもかなり身近な存在になった。それまで居住スペースと店舗スペースを分けていた約50cmの段差と土禁/土足OKの区別はやはり心理的に壁だった。それがなくなり、居住スペースからいつでもそのままスッと店舗へ行けるようになった今の環境は店舗をフレンドリーなものに感じさせる。

とはいえ今のところまだ営業時間外に店舗でくつろいで過ごすといったこともしていないが、友人知人と顔を合わせて話し合ったりなにかアクティビティをおこなう予定があったりする機会にこの店舗を使うことがある。まれにではあるが、居住者が店舗で新聞を読んだりお茶を飲んだりすることも。そんなところからさらにじわじわと店舗との距離は縮まっていくだろう。そのプロセスで、過去には思いつかなかった店舗活用法がひらめく瞬間も訪れるのではないかと期待している。

(燕游舎・スワロー亭 中島)

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