昔ホームレスに施しをした話。


あれはいつだったろう。
まだ上京して1年やそこらだったはず。

その頃私の通うキャンパスは表参道駅が最寄りにあって、私はよく友人と表参道に繰り出していた。都道413号、表参道駅からラフォーレを経由して原宿駅まで用もなく歩くのがお決まりの遊び場だった。竹下通りに寄っては今で言うインスタ映えのしそうなお店のお菓子を買ったり、友人の買い物に付き合ったり。ちなみにポップコーンをガロン缶で買ったことあるのはここだけのナイショ。

例に漏れずその日も、友人と一緒に表参道ヒルズの辺りをぶらぶらしていた。東急プラザの交差点まで来て、今は亡きコンドームマニア(というお店。外観・名前の通りゴムを売ってる。潰れる前に一度は行っておきたかったな…)が今日も賑わってんね(笑)みたいな話をしながらゆっくりと原宿駅の方へ向かっていた。

交差点と原宿駅の中間に位置するギャレットポップコーンの辺りにはよく移動式の露店が出ていて、その日は焼き芋屋さんが停まってた。

美味しいよ〜焼き芋いかが!と店主のオッチャンが道行く人々に話しかけていたけど、当たり前に誰も聞いていない。私は嫌な予感がして出来るだけ遠くに進路方向を切り替えたのだが、遅かった。

「ちょっと、お嬢ちゃんたち。」

どうか友人が立ち止まらないことを祈りながら私は前だけを見つめていたけれど、お人好しの友人は案の定歩を止めた。私だけ歩いて行くことも出来たが、特に彼女を置いていくことは出来なかった。何故なら彼女は恰好のカモなのだ。彼女が悪いわけではないのだが、よく話しかけられては必ず人の話を聞き、度々損をするようなことを仕出かすタチである。しかもその損をしていることにも自分では気づかない。焼き芋屋だからそんな酷い損失を被ることはなさそうだがー…友誼だ、私も観念して彼女に倣い歩を止めた。

聞けばそのオッチャンは私たちにサクラをやってほしい、とのことだった。有無を言わさずとりあえず焼き芋を一本ずつ私たちに押し付け、タダだからさ、とムカつくウィンクをかましてきた。友人はタダだって〜!と喜んでいたけれど、こんな人が行き交う場所で立ちながら焼き芋など私は食べたくなかった。そもそも焼き芋、そんな好きじゃないし。

結果的にその焼き芋は甘くてまあまあ美味しかったし、私たちサクラが功を奏したのか食べている間に2〜3組くらいは客が来た。他の客が来たし、と一刻も早くズラかる為なんとか食べ切った私たちはオッチャンにゴミを渡すとアリガトウ!と満面の笑みで言われ それぞれ3本くらいずつ焼き芋が入った袋を渡された。さすがに友人もこれには困っていたけれど、強引に渡してきては次の客の接客を始めた店主に私たちはため息をつきながら再び歩き出した。これ、どうする?と。

遊び慣れた渋谷駅の横、高架下にホームレスが住み着いていることを知っていた私は冗談でホームレスの人がもらってくれたらな…なんて口走ってしまった、そんな暁には。それ、いいね!完全に乗り気な友人がいたのである。

今考えたらめちゃくちゃ失礼なことだし、あと完全に偏見なんだけどホームレス=怖い人、というイメージがこびりついていた私は正直とっっっても嫌だった。というか、やっぱやめようなんて2、3回言ったんだけどああなった彼女を止めることは出来ないし、芋を捨てるに捨てれず持って帰る憂鬱を天秤に掛けた時、私は彼女に再び観念したのだった。冗談とは言え、言い出しっぺは自分だし。

いい?何かあったらすぐ逃げるんだよ、と念押しして私たちは高架下へと向かう。芋をあげたらすぐに去ること、も条件に追加して。
失うものがない人は何をしてくるか分からないんだから絶対に近寄らない、目を合わさない。と世間体を気にし"普通"を外れた人間に排他的な両親から厳しく言われて育った私はとにかくその未知なる存在が怖かった。当たり前に19歳そこらの女子大生はホームレスと関わったことなどない。ニュースでは不景気を煽って仕方なく路上生活者になってしまった人もいるなんて最近では取り上げられているけれど、そうじゃない人だっているだろうし、当然知り合いにホームレスなんていない。大人の今ですらその実態はよく知らないし。

いよいよ高架下について、誰にする?なんて話し合った結果、(どういう話し合いをしたかは忘れてしまったけれど)一人のオジさんにターゲットを決めて、にじり寄る。多分 何かあった時のために外目があって、かつ比較的身なりがしっかりしてて話しかけやすそうな人とかにしたんじゃないかな。知らんけど。

「あの」

彼女が変なことを口走らないように私が先に話しかけ、前に立つ。

オジさんが何か言う前に、

「これ、よかったらどうぞ」

彼女と私が焼き芋が見えるように袋を置く。

「そこの焼き芋屋さんで、沢山もらっちゃって」

怖さを悟られないよう、不審さを隠すように慌てて付け足す。

「すみません、ありがとう ございます」

聞こえるか聞こえないかの音量で、そして静かにゆっくりオジさんはそう言った。
軽く会釈をして速やかに撤退したけれど、本当に本当に早くあの場から逃げ出したかったし、何よりどう思われるかが耐えられなくて死ぬほどビビってた。撤退したあと、彼女はあっけらかんと 良いことしたね!なんてはにかんでいたけれど!!

その能天気さが羨ましいと思うくらいに私はヒヤヒヤしていた。だって私が仮に40〜50代くらのホームレスだったとしたら、通りすがりの年端もいかぬ女子大生に施しなんて絶対されたくないし、惨めすぎて腹が立つと思う。と同時に、本当に食べるものがなくて飢えていたとしたら、どんなにその芋がありがたかっただろうか。結果的にオジさんは前者ではなかったけれど、もし前者パターンだったら一怒鳴りくらい罵声を浴びせられていたかもしれない。とにもかくにも、もう二度とやりたくない行いだったと思う。百歩譲ってやるとしてもナントカ支援団体みたいに公的な関係で、ね。

あの季節が冬だったかどうだったか思い出しは出来ないけれど、焼き芋の販売車を見かけるたびに私はその出来事を思い出す。最近特に寒くなってきたけど、あのオジさん達はどうしてるだろうか。まだあの場所にいるかもしれないし、もうとっくにどこか別の場所にいるかもしれない。はたまた住む家や帰るべき場所に帰れたのかもしれない。

何にせよ、もうあの場所に私が行くことはないだろうとそれだけは確実に言える。その友人とは今もまだ交友関係は続いているが、お互いその日のことを口にすることはあれ以来、一度とて無い。


気ままにどうぞよろしくお願い致します。 本や思考に溶けますが。