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2月地蔵会終了しました。恐怖ではなく愛を選択するということ。

今日24日はすごく静かな感じでした。
いろんなものが耳をすましてるというか。

でもまあ、自分は自分。
やることをやったら、食べたかったもの食べたり
飲みたかったものを飲んだり
聞きたかったものを聞いたり
見たかったものを見たり
会いたかった人に会ったりしましょう。
そしてほっこりしましょ。

今月の地蔵会も終了しました。
施餓鬼供養の施主さまには引き続きあと3日間
お勤めよろしくお願いいたします。

地蔵会祈願の施主さま、また無料祈願にご参加の皆さま、
今月もありがとうございました。
ご感想等いただけると嬉しいです!

昨日は国家鎮護的雰囲気と書きましたけども。

国家鎮護ってなんていうのか
意外と戦闘的なものではないんですね。

そもそも国家鎮護の仏さまとして長く崇敬されてきたのは
病気平癒をお得意とする薬師如来であったり
人々を見守る毘盧遮那仏であったり。

四天王さまや毘沙門さまや弁天さまも国家鎮護の働きをなさいますが
「鎮護」というだけあって基本専守防衛。

そして、疫鬼や夜叉や諸魔に対しては
その威光を示すことで自ずから害する気持ちを失くさせて
禍事が起こらない、あるいは軽くて済むようにします。

平和を保つ方法は何も武力だけではないのですね。
まあ現世的にはそうもいっていられない部分もありますが。

前世紀の半ばごろ、アメリカとソ連が核開発競争を行なった結果、
お互いにお互いの国を十分破壊することのできる
兵器とその輸送手段を持つことになりました。

そしてこれはどちらが先制しても報復攻撃によって
相手国も破壊できる状態になったのですね。
これは相互確証破壊という概念ですが
これによってお互いに核兵器を使うことができなくなりました。

恐怖の均衡によってひとまずの平和が現れたわけです。
もちろん恐怖による均衡でも平和な状態になったのは
世界にとって悪い状態ではありません。

それ以降世界が目指してきたのは
一つの国が一人勝ちするのではなく
複数の国がそれぞれに力を持つことで均衡を保ち
相互に関連を深めて恐怖ではない形で安定してつながって
それぞれの位置を占めること。

ま、未だ恐怖で他を圧倒しようというプレイヤーも
いないわけではありませんが
一時振れ戻ることもあるかもしれないけれども
そちらはもう時代遅れの戦略。

大乗仏教が目指すところは
全員がさとりの智慧を完成させて仏になること、
と何回か書きましたけども。

これは言うなれば、仏国土や浄土をこの世界に
現そうということでもあります。

真言宗では密厳国土という言い方をしますが、
これは死んでからしか行けないこの世にはない理想の世界では
ありません。

今生きているこの身で仏になれる可能性をもつ私たちがいるところは
今生きているこの世界が密厳国土になる可能性を持っています。

お地蔵さまは如来がお留守の今のこの世界を預かって
衆生を救いますが、弥勒菩薩が如来となって来られるまで
世界でその準備をしておられるのかもしれません。

最も弱いもの、小さいものを守られるお地蔵さま。
今回もやわらかい赤子の頬のようなピンク色の花びらを
降らせながら、小さな子どもたちを抱いて
優しく微笑んでおられましたよ。

この世界が仏の世界となるのだとしたら
一切衆生は心の平安とともに世界を利益する働きができ
最も弱く小さいものがそのままに幸せでいられるはず。

国家鎮護とは、そういう働きであると思うのです。
恐怖ではなく愛で。
どのような分野でも、そちらを第一選択にできればいいのです。

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