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イギリス鉄道史家が見た日本の鉄道

O. S. Nockの鉄道本

Oswald Stevens Nock(オズワルド・スティーヴンズ・ノック、以後O.S.ノック)(イギリス 1905-1994)という人物は、日本における知名度は皆無に等しい。
しかし、英語圏の鉄道界では名の知られた人物であるらしい。

彼の本職は鉄道信号の技術者であり、そちらでも一定の功績を挙げたようだが、より有名なのは鉄道史の研究者としてである。
彼が執筆した鉄道史の文献は一般向けの書籍から専門的な技術論文まで、その数は100を越えるという。

先日私は、このO.S.ノック氏が日本の鉄道に関して言及している本があることを知った。
ノック氏が日本の鉄道についてどのように紹介しているかが気になったので、早速入手して読んでみることにした。

こちらがその本
「Railways of the world in color」シリーズの第6弾「Railways in the transition from steam 1940-1965」(アメリカ刊行版)である。
これは1974年に出版された一般向けの本で、イラストページと鉄道車両解説ページに分かれている。
価格は中古で12.5ドル(送料抜き)

冷戦期の本ということもあって、東側諸国の車両は東ドイツとチェコスロバキアから少数の収録があるのみだが、それ以外は幅広い国の戦中・戦後世代の鉄道車両が紹介されている。


古いイギリス人というのは、イギリスのものこそ最高と考え、他国のものをこき下ろす習性があるとよく言われるものである。
あちらからすれば日本などは辺境の未開国であるから、ろくな評価をされていないと思うが、日本の鉄道車両の項目について恐る恐る見てみることにしよう。
今回は蒸気・ディーゼル・電気と、紹介車両を動力別に見ていくことにする。

1 日本の蒸気機関車

C57形117号機のイラスト。この機のイラストだけお召し仕様で描かれている。117号機は門デフを装着していることからわかるように九州配置機で、1973年に日豊本線で宮崎植樹祭に伴うお召し列車を牽引した。お召し列車を蒸気機関車が牽引したのはこのときが最後である。

紹介されているのはC51形・C53形・C11形・C57形・D51形・C62形(登場順。以下同じ)の6形式である。
各形式の解説文を通して読んでみたが、いずれも概要やカタログスペックについての文章がほとんどで、O.S.ノック氏の評価といえる部分は少なかった。

これについては

・紙面が限られており、1形式に使える文章の量が少ない
・O.S.ノック氏が日本を訪問したのは蒸気機関車時代の最末期である1973年で、営業運転を行う蒸気機関車をあまり見ることができなかった

ということが理由として考えられる。

それでも、いくつかO.S.ノック氏の評価を伺える部分があるので、取り上げていくことにする。

① 煙突について
O.S.ノック氏はC51形の化粧煙突が気に入ったらしく、イギリスのグレート・セントラル鉄道の機関車を彷彿とさせるデザインだと書いている。
C53形の項では、化粧煙突を廃して単純な円筒形にしたことをわざわざ記載している。C53形の説明は極めて簡潔で、不具合に悩まされたことなどは記述されていない。

化粧煙突を装備したグレート・セントラル鉄道の11B形機関車1014号(パブリックドメイン)
出典:https://en.wikipedia.org/wiki/File:GCR_11B_locomotive_1014_Sir_Alexander_(Howden,_Boys%27_Book_of_Locomotives,_1907).jpg

② 機関車の生産数について
C11形の項において、381両という多数が生産されたことを紹介し、日本国鉄では1形式を多数生産する方針であったと述べている。
イギリスでは戦後まで「国鉄」は存在せず、四大鉄道会社をはじめとする私鉄によって運営されていたが、1形式の生産数は少なくして随時改良を加えた新形式を登場させる会社が多かったようだ。

③石炭の燃焼効率について
O.S.ノック氏は来日時、C57形牽引の列車に乗った印象について、次のように書いている。

石炭の質がイギリス最低の石炭よりもっと低いにもかかわらずよく走る。
黒煙を厚い雲のごとく吐き出しはするが。
(拙訳)

O.S.ノック氏は黒煙の原因を日本の石炭の質の低さに見ていることがわかる。
質の高い石炭が豊富なイギリス人らしい意見であるが、実際のところはボイラーの設計にも問題があった。
火室容積を増やし、煙管長を少し縮めて空気の流れを良くすれば質の低い石炭でも燃焼効率を高められるのだが、C57形はそのようにはなっていなかったのだ。
燃焼効率の改善は、D52形でようやく実現した。

④ 排気膨張室について
O.S.ノック氏はD51形の項において、日本独自の機構である排気膨張室について取り上げている。
機関車のシリンダーで使い終わった蒸気は、石炭を燃やした後の煙を吐き出すための気流を作るために煙突の下に送られるのだが、排気膨張室は煙突に送る前に蒸気を貯留し、排気量の変動を少なくする。こうすることで排気音を小さくでき、排気速度が一定になるので燃焼効率がよくなるとされた。
排気膨張室に本当に燃焼効率をよくする効果があったのかについては現在では意見が割れているが、O.S.ノック氏は少なくともこの本の記述を見る限りでは効果を疑っていないようである。

⑤ C62形の重量について
C62形は南アフリカの機関車群とともに、最大級の狭軌機関車であると述べているが、重量が87と1/4英トンしかないと記述している。
幹線用機関車は軸重20トンが当たり前のイギリスや南アフリカを基準に見ると、軸重16トンの日本機関車は見た目の割に軽く思われたのだろう。O.S.ノック氏は空転を心配したに違いない。

まず蒸気機関車を取り上げたが、O.S.ノック氏が思った以上に好意的な評価をしていることに驚いた。
これはO.S.ノック氏が、その後の日本の鉄道技術の発展を知った上で評価しているためではないだろうかと思う。

続いて、ディーゼル動車・電気車について見ていこう。

2 日本のディーゼル動車

紹介されているのはキハ80系特急型気動車である。
記事では日本の鉄道で蒸気機関車の置き換えが急速に進行していることを紹介し、その一例として特急型気動車が取り上げられている。
キハ80系は、「最高速度は蒸気機関車時代と大して変わらないが、空調完備で乗り心地も非常に良い」と評価されている。

3 日本の電気車

紹介されているのは一連の交流電気機関車(ED75など)と東海道新幹線である。

交流電気機関車の項も、キハ80系と同じく車両そのものの特色より日本における動力近代化の例として取り上げられた感がある。
ここでは、日本国鉄の電化方式が直流1500V、交流50Hz 20000V、交流60Hz 20000V、交流60Hz 25000Vと混沌としていることが解説されている。
また、昼行列車は客車に代わり電車・気動車が中心になっていることにも触れられている。

東海道新幹線は、この本の最後を飾る列車である。全世界の鉄道を俯瞰してもなお1つの画期をなす列車であることは疑いがなく、納得の扱いといえるだろう。
O.S.ノック氏も東海道新幹線について高く評価しているようだが、その評価の重点は速度ではない。

今日の超特急「ひかり」号は、午前6時から9時の間は15分に1本東京ー大阪間を走る。
列車は16両編成で、定員は1400人である。
年間の平均乗車率は67%である。
(拙訳) ※太字部分の原文はイタリック体

O.S.ノック氏が着目したのは、目に見える速度よりも、新幹線の圧倒的輸送力と高頻度運行を支える緻密な管理システムであった。
本業が鉄道信号技術者である、O.S.ノック氏ならではの視点である。

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