ゆる起業講座くどうさん

なぜ、私がキャリアの棚卸しのワークショップをさせていただくのか

行政書士の工藤保広です。

この講座の第1講目を担当させていただきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

講座全体の内容は、こちらをご覧ください。


私の担当する内容は、

冒頭で簡単に講座の趣旨やカリキュラムの概略を説明して、

その後は、参加していただいた皆様に

キャリアの棚卸しと

今の時点で新たに取り組んでみたいことを

文字で「見える化」するワークショップを行う流れとなります。


行政書士とは、そもそも何なのか、

とか、

行政書士が最初のガイダンスはいいとしても、

なぜキャリアの棚卸しなどのワークショップをやるのか、

と疑問に思われる方も多いと思います。


その疑問に答えながら、今回の講座に臨む思いを次に記します。

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行政書士というのは、端的に言えば、

法律文書の作成の代行や相談などを行う仕事、

昔風に言えば「代書屋」です。

具体的には、

官庁に提出しなければならない許認可や届け出の申請書の作成の代行や

企業間の契約書の内容作成や確認のお手伝い、

遺産相続の手続き代行などが主ですが、

業界の中では、その業務の種類は1万種を超えると言われています。

一方で、自分で仕事の専門性を高めて、営業していかないと

食べていけない仕事ともいわれています。


私は、もともと地方公務員を20余年勤めていましたが、

昨年退職して、行政書士事務所を独立開業しました。


その理由はいろいろあるのですが、

大きな理由は、

私自身が35歳と49歳の時点で、

自分のキャリアの棚卸しをして、

今後どうしたらいいかということを決めて行動しているからです。

2度のキャリアの棚卸しとそれを踏まえたその後の行動についての

実体験を講座で活かしたいと考えています。


なお、私自身のキャリアの棚卸しとその結果の詳しい経過は、

これから書くとおりです。

もし、ご関心がありましたら、御一読いただければ幸いです。

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私が35歳当時は、今とは違い産業人材の流動化はさほど進んでおらず、転職するとしたら35歳までが限度と言われていました。

公務員と言えば、大過なく過ごせば一生食える、と思われがちですし現実的にそういう側面もあるのですが、私は就職してからの職歴の中で、比較的多忙で困難が多い仕事をさせていただいたこともあって、たとえ公務員でも、漫然と毎日決まった規則に沿った仕事をコツコツとしているだけではいずれ行き詰まる、という危機感を強く持っていました。

また、私はもともと工学系の大学を卒業したのですが、当時関わっていた研究には強い関心があったにもかかわらず諸般の事情で大学院での研究を継続することができない事情がありました。

一方、いわゆる文系分野にも高校時代から興味があり、こと法律や経営にも関心を持っていて、実際に大学も経営学部を併願していました。

就職する時点では、これらの背景があってどうするか思案して、出身地のために役に立てることをしたい、という理由でもともと関心があった法律や経済を学習して試験を受け、幸いにして出身地の公務員に採用されました。

就職した平成4(1992)年以降、様々な分野の仕事に携わり、今後は産業振興などを中心とする経済部門を中心に働いてもらうという話を聴いたのがちょうど35歳のことでした。

それまで、次の異動先がどうなるかがわからないという状況が続いていた中で、今後の居場所がある程度見えました。

このことをきっかけに、その中で自分がより地域のために役に立てるように仕事をするにはどうしたらよいかを考えるようになりました。そんな時に、偶然次の本にも出合いました。

○こうすれば伸ばせる!人間の賞味期限(木村政雄 著、祥伝社)

木村政雄氏は、吉本興業で常務取締役まで勤めた人で、若い頃は西川きよし・横山やすしのマネージャーをしていた人です。そして、晩年不祥事をしばしば起こした横山やすし氏を解雇した人事担当でもありました。吉本興業の経営の近代化に長年取り組んだ方です。

著作の中で、強く印象に残ったのは次の2点でした。
・自分自身の知見を広げ続けなければ、いずれは人間の賞味期限は切れる。
・自分の立ち位置を今後どこに置いたらいいかを常に考え行動すると賞味期限は伸びる。具体的には島田紳助は、ライバルがいなくて自分が手掛けられる領域に仕事を拡げて、生き残っている。(当時)

1点目は、よく言われることで、改めてそうだよなと認識させられました。

2点目は、なるほどと思える内容でした。
自分のそれまでの仕事やその延長線でできることで、他の人が手掛けていない仕事をつかんでいくという考え方は、有効だと思いました。

また、ちょうどその時いた部署が、産業人材の育成を担当するところで、ちょうど社員自身のキャリアプランを明確にして、それを目安として社内の人材育成をしていくことの必要性が語られていることを知ったり、ジョブカードという仕組みができたりしたころでもありました。

そんなきっかけがあり、これから自分はどうしていったらいいかを35歳のときに、今でいうキャリアの棚卸しをしました。具体的には、他の人にはない自分の強みを考えるとともに、どういう方向で知見を拡げていくのがいいか、ということを考えるという作業でした。

結論はこうなりました。
○自分の強みは、工学系の専門的な内容が大まかにはわかる事務屋であること。それを活かす仕事をできるようにしよう。
○自分の知見を拡げるために、次の取り組みをしよう。
・大学時代に研究していたトライボロジー
(摩擦、潤滑などの接触する2固体間の相対運動に伴い起こる諸現象を研究する学問分野)について、北海道内になかった関係の企業、研究者どうしのネットワークづくりをしよう。
・トライボロジーのおもしろさを知ってもらえるように、科学実験教室をボランティアで行っている団体に入って、実際に活動しよう。

「・」の1点目は、学生時代から既に、北海道では、関係の学会活動がほとんど行われていないことを知っていました。一方で、トライボロジーの知見を活かしている世界的な企業が北海道には複数あり、研究者がいることも承知していました。しかし、相互間のつながりが久しくなかったのです。

トライボロジーの面白さと難しさを話すと、長くなるのでここでは割愛しますが、関係する研究者や企業が繋がりを持つことが、将来的に関わった企業等にとってプラスになると考えていました。

私自身にとっても、企業との接点がより深くできることは、企業の実態をしることができ、仕事をする上でプラスになると考えました。

「・」の2点目は、将来の地域を担う人を育てる一翼をささやかでも担いたい、ということでした。
摩擦に伴う様々な現象の面白さや、接触している部分で何が起きているか、ということを観察したり、考えたりすることは、自然科学の立場で物事を考える上で役に立つ題材の一つだとも考えていました。

これらの取り組みを行うことで、本業とプライベートの双方で地域に役立つ取り組みを行い、その相乗効果で自分の付加価値を高め、適した仕事をつかんでいけたらと考えていました。

まず、「・」の2点の取り組みを着手しましたが、追い風もありいずれも具体化し、発展していきました。

一点目の北海道内のトライボロジー関係者のネットワークは、学会としてもぜひと後押しがあり、中心となる事業者が積極的に動いてくださったこともあって、学会の地区研究会として正式に組織が立ち上がりました。研究会としての活動は地道に続き、数年後半世紀ぶりに北海道での学会の全国大会開催につながることになりました。会員企業や研究者との繋がりは、製造業を中心とした事業者の実情を知る上で役立ちました。

二点目の科学実験教室での実践についても、ちょうどそのころにそのような活動を行うNPOが立ち上がり、それをNPOのリストから見つけて連絡を取り入会してから、取り組みができるようになりました。
この縁がきっかけで、理科教員の方や科学教育の研究者との接点ができ、プラスチックに関する一般の方向けの啓蒙書の執筆(共著)や現在の高校までの物理教育における摩擦の内容に、現在のトライボロジーの研究者においては常識とされている内容を取り込んだ教育内容の提案と授業の試行を教育学の分野での研究として行い、働きながら修士(教育学)の学位を得ることができました。研究はさらに進めて論文も執筆し、博士取得には至りませんでしたが、論文集をまとめて出版もしました。

これらの取り組みは、当時の上司にも定期的に報告していました。それらを評価されたのか、次の異動は、個々の事業者の新事業開発支援をより踏み込んで行っている産業支援機関への出向となりました。その後、元の職場への復帰後も出先機関で中小企業の様々な支援や相談対応、工場新・増設支援、新事業開発支援、食・観光情報発信など、有意義な仕事を多数させていただきました。結局、上記の「○」の一つ目も実現できました。

私自身、立ち位置は常に地域の事業者の皆様のために取り組むことを基本にしていました。特に職場以外の方との連携を重視して、それを仕事に生かすと常に考えてやってきました。

ただ、50歳を前に、長年公私を問わず自身の賞味期限を延ばすために、知見と人脈を広げることに注力し続けた結果、一時体調を崩してしまい、それを機会に改めて今後のライフスタイルをどうするかを考えることになりました。

35歳の時に行って以来、2度目のキャリアの棚卸しでした。

35歳当時から、変わった状況が多々ありました。

崩した体調は寛解してはいますが、定期的な投薬や通院はこれからも続けなければなりません。主治医の変更も望ましくない状況です。また、家庭にも大きな変化があり、当時の職場では必須の転勤も断らなければならない状況になりました。

そして、人生100年と言われる昨今です。当時の職場に居れば65歳までは働けても、その後に何か新しいことをしようとしても、恐らく難しいでしょう。
そう考えると、リスクはあっても、これから少なくとも20年は細くとも長く生活していける道筋を選択することが必要で、それを手掛けるには早いに越したことはない、という結論に至りました。

そして、これまでの経験を生かせる行政書士事務所の経営を行うに至っています。個人事務所ですが、やりがいと難しさの双方を感じながらも、実際に経営ができることに面白みを感じつつやっています。

これから、どうなるか不透明ではありますが、この選択に後悔はありません。

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今回の講座をきっかけに、皆さんにも、昨今の生活を取り巻く状況や自身の思いを振り返っていただいて、新たな一歩を踏みだすことの是非を考える機会になればと思っています。

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【自己紹介】

工藤保広(くどう やすひろ)

オフィス エンレイソウ・行政書士エンレイソウ法務事務所 代表・行政書士
北海道科学大学未来デザイン学部非常勤講師(民法、経済関係法ほか)
さっぽろ産業振興財団SPRアドバイザー

1968年生まれ。北広島市出身

東京工業大学工学部生産機械工学科卒業
北海道大学大学院教育学研究院博士課程単位取得満期退学
(工学士(機械工学)、教育学修士(科学教育))
研究分野~トライボロジー(摩擦、摩耗、潤滑等の接触する二固体が相対運動する際に起こる諸現象を研究する学問分野)、自然科学の教育方法論

地方行政に20年余り携わりその大半で、補助金の活用や新事業の立ち上げ、販路拡大、工場の新増設など、様々な内容の事業者に対する相談対応に携わる。
これまでの経験を生かし2018年9月より行政書士登録、オフィス エンレイソウ・行政書士エンレイソウ法務事務所を開業。現在は、事業者支援と共に、人生100年時代を見据えたライフスタイル、遺言、相続などの終活についての相談対応を手掛ける。

行政書士業とともに、科学実験教室やイベントの企画、運営(NPO 法人 butukura 監事兼正会員、https://butukura.org/ )、炭鉱遺産を活用した観光まちづくり(NPO 法人炭鉱の記憶推進事業団 運営会員、http://www.soratan.com/) にも関わる。

その他に、札幌・石狩・美唄・赤平商工会議所、北海道科学技術総合振興センター(ノーステック財団、賛助会員)、日本産業カウンセラー協会、日本トライボロジー学会、北海道教育学会、石狩観光協会等の各種商工団体、学術団体に所属。

個人HP(fb)
https://www.facebook.com/yasuhiro.kudo.12

事務所HP:
オフィス エンレイソウ
HP: https://officeenreiso.wixsite.com/home
fb: https://www.facebook.com/ohbananoenreiso

行政書士エンレイソウ法務事務所
HP: https://www.enreiso.com
fb: https://www.facebook.com/enreisolegal/
Blog: https://ameblo.jp/tjudo2004/

著作一覧(amazon著者紹介)
https://www.amazon.co.jp/工藤-保広/e/B004LUSETE

発表論文一覧(北海道大学学術成果コレクション(HUSCAP)、摩擦力の教育内容に関する研究):https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/browse?type=author&authority=4151

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行政書士エンレイソウ法務事務所を営業。北海道で地方公務員として企業支援をしながら、科学教育ボランティア、摩擦の教え方の研究、炭鉱遺産を生かした観光まちづくりなどに関わってきました。https://www.enreiso.com
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