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『ツボちゃんの話 夫・坪内祐三』を読んだ

『ツボちゃんの話 夫・坪内祐三』佐久間文子(新潮社)を読んだ。

2020年1月に亡くなった作家坪内祐三について、20年以上連れ添った佐久間文子さんが回想する随筆・エッセイ。(図書館の分類では伝記だった。)彼の性格・交友関係をあらわすエピソード、出会いや亡くなった時の事が彼女の視点で綴られている。

私にとってのツボちゃんは神蔵美子の『たまもの』である。坪内氏の作家仕事を軽く見ているわけではなく、『たまもの』が私にとって特別な本で、私と坪内祐三氏の出会いが『たまもの』だからだ。正確には当時坪内氏が「本の雑誌」の執筆者として認識はしていて、だからこそ『たまもの』の登場人物としてのツボちゃんが強烈だった。佐久間さんも『たまもの』にSちゃんとして登場している。

『たまもの』のあと神蔵さんは続編とも言える『たまきはる』を出版している。末井昭さんもWEB日記を書いて本として出版している。どちらも読んだ。『たまもの』の後日談のように感じた。

坪内氏は膨大な量の連載と単行本を世に出している。私の興味を引くテーマで書かれている本は何冊か読んだ。彼の著作を思い返すと、”作家・坪内祐三”の急逝が本当に悔やまれる。

当たり前だがいつも坪内氏は”坪内祐三”として書いていて、どの本にも『たまもの』のツボちゃんはいなかった。しかし佐久間さんが書いた本書には”ツボちゃん”がいた。そいう意味でこの本はアフター『たまもの』であり、『たまもの』のアザーサイドである。『たまもの』を良く思っていなかった佐久間さん(そりゃそうだ。掲載写真も佐久間さんには事後報告とのこと。)からすると、こういう感想は嬉しくないと思う。嬉しくはないと思うが、これが私の率直な感想で、『たまもの』が特別な本である私からの『ツボちゃんの話』への賛辞である。

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佐久間さんの(元)記者らしい公正な視線と気遣いと、夫への愛があふれる内容だった。毎日の深酒や突然の癇癪など読み手からするとマイナスな印象になりそうな事柄も、言い訳や庇うような感じではなく、坪内氏の人柄・気質・その時の状況などなどをわかりやすく整理して、佐久間さんの見立てなども含めてフラットに書かれていると思った。20年以上前の新宿で暴行被害に遭った件についても、いまだに憶測やデマがあって、故人の名誉のためにもそれらを払しょくしたいという気持ちがあるのだろう。前述の『たまもの』についても、佐久間さんが何かを言える場がこれまで無かったから、この機会に当事者の胸の内をきけたのは良かった。

夫が亡くなって、そのあとコロナウイルスが猛威を奮って、ご自身も大変な時期にこれを書き上げた佐久間さんの心情を思うとねぎらいの気持ちでいっぱいである。

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