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pen name

えっと、名前は載らないんですよね?
そうですね、伏せて頂けると。

じゃあ、話します。

その日、彼女の家に泊まりにいったんですよ。
なんてことないマンションの、大学生が一人暮らしするなら必要十分な広さと機能があるワンルームです。
彼女が「汗を流してくる」と言ってシャワーを浴びている間、一人でなんとなく部屋を眺めていたんですけど。
ふと机に目をやったらそれがあって。

ありふれた大学ノートでした。その時は何気なく手に取ったんですけど、今思うと軽率に触れちゃいけないものだったんだと思います。

好奇心でノートを開いてみて後悔しました。
びっしり「助けて」って書いてあるんですよ。
捲っても捲っても。最後のページまで埋め尽くされてて。

それらが全部、明らかに違う筆跡なんですよね。
ボールペンで書かれたものから、クレヨンで書かれたものまで。

凄く嫌なものを見てしまった気がして。
慌てて閉じたんですけど、いつのまにか彼女が脱衣所の前に立ってて。

「まだ見つからないんだよねえ」

と。なんてことない、いつも通りの口調で言いました。
ドアを開け放してるもんだからシャワーの水が廊下に流れ出ていて。
いつのまにか背後から複数の視線を感じていて。

「これだけあったらさ、ひとつくらいは見つかりそうじゃん?」

彼女はこちらを見ずに、空中を見ながら口を動かして。

「だからさ、ずっと探してるんだけど」

とにかくこの場にいたくないと僕は思って。
「ごめん、今日はちょっと帰る」と早口で捲し立てて、慌てて帰り支度をして、玄関に向かったんです。
廊下で彼女とすれ違うとき、

「地獄に落ちたはずなのになあ」

と言っているのを背中で聞きました。


それから彼女とはなんとなく疎遠になって、関係は自然消滅しました。

暫くして、授業で一緒になった時。彼女は普通に出席していて、いつも通りの生活を送っているようでした。

相変わらず友人に囲まれていて、特に変わった様子は見られませんでした。
あの夜見たアレが何だったのか、今でも分かりません。

僕が体験した話はこんな感じです。


このノートですか?
ええ、まあ。流石に僕もあれじゃ後味が悪くて。色々と試してみてるんです。
だって、見つけてやらないと可哀想じゃないですか。

この中にあるはずなんですよね。


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