(小説) 砂岡 3-2 「大使館」

 さて。検問もなく、流れでタクシーというか王室の黒い車に私は吸い込まれた。この状況は拉致だ。前後に同様の車がおり、一気に直線を加速してゆく、途中何度が急カーブし、すらっと博物館の前を通り過ぎ、高架下を抜ける。ほうきで砂を掃く人々。パパと行ったことある!メッサーシュミットBf109が天井からぶら下がっていたのを思い出す。どこかで見た光景。狭い道をずっと進むと急に空が開け、高層ビルが立ち並んだ。ギギッとブレーキする。車列は乱れずに完全な間隔を維持して都市を走り回った。その真ん中をさらに加速して、そして、我々は丁寧に止まった。

「ここはどこ?」
なんてとぼけたことは言うまい。

ブランデンブルク門のすぐ目の前だ。

あっけに取られる暇すら与えられずに、パカっと、ドアが開いた。
おばあちゃんとエリザベスは後ろの車両から出てきた。いつの間にかふたりはドレスを見に纏い、当たり前のように石畳の上で人々に手を振った。そして、歩き出した。門へと。

困惑するって思ったでしょ?でも、私はなぜか、徳げになっていた。

でも。その期待はすぐに打ち消され、アディダスの私はブランデンブルク門を潜るどころか隣のガラス張りの建物の、でもなく、隣のコンクリートの建物へと連れてかれた。
グッド・ラック・エリザベス。ここでお別れ。

私の周りの紳士たち(紳士の中には秘書はいない、女性や黒人もいた)はエスコート(半ば強制的に)その綺麗な建物の地下へと向かわされた。

「どうぞ」
と言われ、今度は私自身が扉を開けようと近づくと、扉は自動的に開いた。紳士たちが去ってゆく。私を置いて、さぞ、仕事が終わったかのように彼らは外へ帰って行った。
広間にはテーブルが並べられおり、人々がガチャガチャとご飯を食べている。カフェテリアである。

取り敢えず、座った。

スマホがない。落としてきちゃった。

拉致の次は監禁か。

 素うどんを食べた。無料だ。入雅の素うどんは素うどんではない。なぜなら、なめこが乗っているからだ。逆に入雅ではなめこが乗っていない素うどんは素うどんではない。それは、裸という現象性を問う人類学的アプローチとよく似ている。おいしかった。いや、厳密には期待通りにおいしかったというべきかもしれない。なんの意外性はなかったし。

 面白いのはこのカフェテリアだ。ドリンクバーがあるのだ。さらに、テーブルとチェアが「監禁者」たちによって自由に動かされている。幾何学的なホールを蝕むそうしたテーブルとチェアの配置は一体なんなのだろう。わたしはまんまとドリンクバーを注文し、居座ることに決めた。5分が経った。いや厳密には5分という感覚を経た。紅茶がとてつもなく不味い。それに私は角砂糖派だ。

 入雅に来た。心の整理もできずに突然やってきた。エリザベスとおばあちゃんとの関係は?地図も何も持っていない。スマホもない。意図的な不便さに半ばあきれる。ケータイショップに行こうかとも思ったが、取り敢えず書店へ向かうことにした。わたしのようなひとや、もっとやる気のあるひとのために、観光ガイドブックくらいはあるだろうと思ったからだ。カフェテリアの扉は当たり前のように開いた。監禁ではなかった。

 中は案外広い。大きめの吹き抜けのホールがあって、ちょっとした売店もある。え、あ、陣屈国の旗がぶら下がっている。とてもおしゃれな内装と外観だったが、そこには陣屈国の旗がぶら下がっているのだ。歴代の肖像画が整然と並んでいて、現大統領の肖像はなかった。その代わり、建国時の英雄の銅像が私を見下ろしている。「ここはどこ?」なんていう。とぼけたことを言うつもりはない。

ここは、陣屈国の大使館である。

うん。やばい。ここまでの話を整理する必要がある。

「君!外へは出られないよ」
誰だ。私は重い回転ドアを押して外へ出る。

私は地図を売店で買って大使館を出た。
いや、出られるんかい。

暑い...海が来たから。
ブランデンブルク門を見上げる。なんだ案外小さいじゃないか。

 向こうにはトラックが走っている。人も普通に歩いている。写真とか撮ってる。孤立しているイルガとは言え、発展はしているし、流通ルートはどこかしらにあるのだ。当たり前だ。それがなければ、これだけの人間を収容し養うことはできない。養う?彼らは仕事をするのだろうか。大使館はともかく。ケバブ屋には店員がいる。まぁ、うどん以外は普通だ。

 しかし、マーブル市のそれとは何かが異なる。なんというか、私が期待した革命とかそういうざわざわした感じがないと言ってしまったらそれまでなのだが、やけに静かだ。日常的すぎる。だが、客らしきひとは多い。話し声はまばらで、足音でにぎわっている。違和感を覚えながらも地図を見て、書店を探す。しかし、どこを探しても見当たらない。そんなことはありえない。どこかにあるはずだ。仕方がないので大使館がまさか開いているとは知らずに上がってきた2人組に聞く。

「知らないなぁ。書店には行かないし。なぁヤスオは知ってるか?」
「わたしも知らないわ。一体どうなっているの。」
いや、そのセリフは私のものだ。ここにいる誰よりも私こそ相応しい疑問である。

「地図ならある?」
あるよ。ほら。ずっとカフェテリアに勝手に監禁されていると誤解してドアを開けることを試しさえもしなかった奴がよく言うよ。さっきこの大使館の売店で買った地図をバシッと差し出す。

「あなたたちは何をしにここへ来たんですか?」ついでに聞いてみる。

「・・・自由かな。」
「そう、自由。」
ふたり組が応える。

質問の内容が多少誤解されたようなのでもう一度聞く。

「そうじゃなくて、なんでこんなとこに監禁?されてたんです?」

「もちろん、弾圧さ。」
「そう、政府が自由を奪うためにね。」
どこの国の政府が?大英帝国からすれば敵対国家であるはずの陣屈国の大使館はほれ、今やショッピングモールだ。

「首都を完全に掌握したの?」
私は聞いてみるけど、じゃあなんでエリザベスはなんてこともなくこのブランデンブルク門に降り立ったのか。

なんて呑気なんだろう。
入雅へ向かった装甲車はどこへ消えたのか。
この国の自由は本当の自由なのだろうか。

それはわたしに言わせてみれば、不自由のほかの何ものでもない。この国で感じた最初の瞬間であった。

なにも変わらない

夕方になると、照明が付き始める。
しかし、チカチカと付いたり消えたりしている。

ブワッと風が吹いて辺りが急に少し紅くなった。

あー、そういうこと。

わたしはわたしの安全を心配をしてくれた人たちに抗うつもりで、地下鉄へ歩いたが、スマホもなしに知らない街をどこかへ行くつもりもなく、大使館へ戻ることにした。砂の風は薄れていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?