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(小説)solec 1-6「ガスマスク」

 ソコロフおじちゃんからPPCに連絡があったのが12分前。未だ安否の確認できないメンバーが一人いるとのことだった。名前は安藤水子。鳥肌が立った。救助隊が彼女の宿を確認したときにはもう彼女の姿はなかったという。彼女のPPCのGPSデータを調べると昨日の深夜までこの私と行動をともにしたことが判明。

どこへ行ったか、知らないか?

駅で激しい爆撃が起こっているのは一目瞭然だ。


彼女が危ない。


 地下鉄に常備されているガスマスクが奇跡的に残っていた(なぜなら出入り口の反対側、もっとも目につきにくい場所にあり、そもそもこの街の住人はこうした非常時の装備を知らないからだ。)。放置された4WD車には奇跡的に登場者認証システムが外れていた。(なぜなら登場者が乗っていたからだ。意識はないが。)すでに静まった道路を駅へと走り抜ける。さすがに最短距離とはいかないが、この街の人間は規則正しく、非常時でも公道を逆走することはなく、駅へ近づけば近づくほどに道は空いていった。軍(一般人にとっては維持隊も軍である。)や警察による規制もなくて、すんなりとバス停まで来れた。それもそのはずだ。3機の大型攻撃ヘリ「スーパーハインド」が駅舎ごと破壊する勢いで無慈悲な攻撃を加えているからだ。下手に近づけば巻き添えになりかねない。さらに信じられないことは、ここに来るまでもそうだが、倒れて動けなくなっているひとがまだ、たくさんいるのだ。まだ、と言ったが、これはそもそも救助活動も行われてないのではないか。

 車を降りて、あたりを見渡す。水子らしい人影は見当たらない。その時、ふと私が見捨てたひとたちについて考えた。あの人たちにだって家族や友達や・・・これから職場や学校へ行って・・・。
 そのとき、本来吹き抜けではない部分から見えてしまっている奥の景色がまるごと崩れ落ちた。天井から2階部分までばっさりと落ちた。そこからは砂埃に交えて日光が差し込む。その光景に圧倒されつつ。ここにいては危険だ。早く彼女を見つけないと。バス亭周辺に倒れるひとたちを一人ずつ確認してゆく。その作業はとても辛い。それでも彼女だけは、彼女だけを助け出すことだけを考えようとした。それでも、この駅にはどれくらいの人が倒れているのだろうかとか、なぜこんな作戦を行えるのかが不思議になる。

どうしてよ!どうして!あった!

 彼女を見つける。やはり意識がない。呼吸はありそう。脱力した彼女の身体は重い。スタイルはいい方だと思うよ。でも、ごめん。引き摺る。ガスマスク越しだけど気がおかしくなりそうな状況で、ふと、彼女は私に感謝するだろうかと考えた。引き摺っているときに靴とスカートが脱げた。スカートの下には何も履いていない。服もはだけてしまって(これってパジャマじゃん)、胸があらわになる。下着をつけていない。上下。もう!なんでよ!そういえば化粧もおかしい。

 4WDの後部ドアを開ける。座席の位置を調節する方法がわからないので、なんとか押し込む。もうひとつ用意しておいたガスマスクはこの車の持ち主と思われるひとに付けて道端に置いてきてしまった。仕方ない、とにかく安全な場所へ向かおう。ドアを閉めたときに膝を打ち付けたかもしれない。それもどうでもいいことだ。とにかく、とにかくここを離れよう。急いでシートベルトを引いてガスマスクを首に引っ掛ける部分がシートベルトに絡み、外れてしまう。そのとき自分が泣いていることに初めて気がついた。このガスマスクは高性能で、曇らないようだ。急いで解き、顔に押し付ける。よかった。意識ある。そのとき、ガクンと地面が大きく揺れるというか下がった。
 なんで?ドアを閉めてアクセルを踏む。が、走らない。エンジンも止まる。急発進防止システム?は?どうなってんのよ!そういえば、登場者認証システム・・・。もう一度エンジンをかける。かかった!ゆっくりアクセルを踏むと走り出す。バリケードは無い。倒れている人を踏まないように進む。もしかしたら、ここに来るときに何人か轢いてしまったかもしれないと思う。ときどき駅舎に向かう車たちとすれ違う。私と同じように駅の人たちを助けに行くんだと思う。私が見捨てたひとたちを助けに行くんだと思う。

 「治安維持隊へ連絡。直ちにメインストリートを封鎖し、中央二車線を確保せよ。諸君の任務は交通誘導である。」

 縦横無尽に駅舎を破壊してゆくスーパーハインドから逃げつつ、なんとか下まで辿り着いた突入班ニコラたちに下された命令は「交通誘導」であった。ちょっとした反抗心で途中、階段で倒れてきた数人を救助した。

メインストリートにはすでに大勢の平和隊が集まり人ごみと対峙していた。兵員輸送用のトラックで道路中央に散らばる自動車を除去してゆく。

「横断はできません!現在メインストリートは封鎖されています!」

「どこへ逃げればいいんだ?」

「何が起こってるんだ?」

「地下に行けば安全か?」

ヤジは聞こえない。そんなこと俺たちだって知らない。

大きな音がしたので駅を振り返ると、正面の中央ターミナル東側がゆっくりと崩落している。

「おい、見てみろよ。あっち空爆もやってるみたいだぞ。」

襲撃を受けたのは駅だけではないらしい。街の至る所から煙が上がっている。東側の分業実験用新興開発区や北側の農産管理組合が密集する区画は特にひどい。

「ほら!また来た。」

甲高い音を立てて南からやってきた3機のYak–52GEUとその母機OR–38がこちら側へ降りてくる(ように見える)。そして、何もしないままここを通り過ぎたと思うと、駅の反対側で煙が伸びる。その数秒後、腹に振動が来た。あれは、旧市街地で、農民層の集合住宅がある地域だ。その光景をここで逃げ惑う人々はじっくり見ている。
 花火のようだ。観客の中には「いいぞ!もっとやれ!」と声援を送るものやその場の人間が皆同じ方を向いていることに気がつき俯くもの、PPCで撮影し続けるものなどがいる。ニコラは自分の任務を思い出しかのように、はっと我に返り、誘導を続ける。

「横断はできません!道路で立ち止まらないでください!」

自分もまたこの状況を演出している身であることにひどく安心感が芽生えた。

 そして、その期待を裏切らないように用意されたソレクの次なる手は封鎖したメインストリートの中央を通り、トレーラーで運ばれてきた。噂には聞いたことがある。


 この物語もクライマックスだ。



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