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(小説)solec 2-4「嘔吐」

 安藤水子は白装束の男に地下へ連れて行かれた。同伴していたジャックとニコラは玄関内での乱闘でやられてしまった。誘拐?目的がわからない。もうじき基地の人間が私の救出にくるだろう。そうなったらこの人たちの命はない。このふくろうさん=白装束の男は一体何を考えているのだろう。恐怖というよりは好奇心が働いている。なぜだろう、なぜ「私」なのだろう。

「これから見せることの全ては君の想像を遥かに超える。だが君には、君たちには知る義務がある。」

白装束の男は頤を上げ、少しだけ首をひねって後方に立つ私の顔を見た。

かっこ良く極めたつもりだろうか。

「君は本当の悪を知らない。」

がらっと襖を開けると、畳のにおいが漂ってきた。暗くてよく見えないが、かなり広い空間に半球形の高さ30cmくらいの金属製のおわんのようなものが、ひっくりかえって、ぼこぼこと置いてある。それらを踏まないようにして土足で畳の部屋へ上がる。

「おっと。」だが、やはり暗いのでそのぼこぼこを蹴って転びそうになる。

「ここは、コンピュータールームだ。」

「そうですか。」

「これ、を見てくれ。」
かれがその半円のひとつを指差す。銀色に見えた半球をゆっくりと覗きこむ。すこしだけ透けて中がみえる。それは脂肪の塊のようである。

「嫌。なにこれ。」

「次へ行こう。」

「説明しなさいよ・・・。」

「温度管理は完璧だ。この世界には様々な芸術家がいるんだよなぁ。」
次の部屋はすぐ近くにあった。

格子状に並べられた水槽の中を臓器のようなものが泳いでいる

やはりこれも

「本物のひとのからだだ。そしてこれは君たちソレク人の手によって作られた。」

「嘘でしょ。」

「これをどう思う。」

2体の臓器を剥き出した人間が抱き合い、双方とも恍惚の表情を浮かべたままクラゲのように漂っている。

吐き気がする。

「生命だけじゃない、そもそもシステムというのは、成立してしまった以上、自己保存するようにできているんだ。生は先天的に与えられたものでない。相関的に社会的に、つまりは後天的認識によってつむぎだされてゆくものだ。人間は自然や自ら作り出した社会システムに「聖」なるものを見い出しているに過ぎない。だからといって、「生」が無価値だなんて言いたい訳じゃない。むしろ、ある意味で、逆でもある。

なぜか?「生」の価値こそが社会システムの価値にほかないからだ。」

「生の価値から社会の価値を論じる。」

彼らは実験によってそれを検証した。論じるだけでなく、再現可能な事象として、社会を弄んだ。なぜ?まさか、これとソレクとにどんな関係がある?

「君は食用目的の動物の屠殺や恐怖政治におけるホロコーストの意義、メカニズムについて考えたことはないか?」

「・・・」考えたことは、ない。

「我々は実験によってそれを証明した。君たちのいう「純粋社会実験」によって。」

「ソレクの強制で?」

「いいいや、我々の意志だ。」
彼は唇をゆがめ、こちらを睨んだ。涼しい顔が1ミクロンほど歪んだだけであったが・・・。どこまでも自己顕示欲の強い男だ。

「それは、狂っている。地獄よ。」

「論文を読むかい?」

「それは文学よ。論文じゃないわ。」

「悪ぅ」彼は悟るように呟いた。

「神にでもなったつもり?」

「それは、君たちの古典かい?」

「僕たちの「神」は沈黙だ。空しい創生もしなければ、虚ろな破滅も引き起こさない。」
彼の表情は変わらない、だがその説明は悲鳴に聞こえた。ヒステリックな秩序。彼が自分のしたことの罪悪に悶え苦しんでいるのが、水子にはわかった。このままだと、同情に飲み込まれてしまう。

「定常宇宙、素粒子」

「君とは話が弾むね。」

「君の疑問はすぐにわかる。君だってさっきからずっと泣いているじゃないか。」

「特攻よ・・・」

「最初からそうさ。」また悟っている。

「いつから?」

「縄文時代からかな。」
こちらの教科書で新石器時代のことである。

「この惨状を知った君はじっとしていられない。たとえあと数分後に我々が全滅してもだ。だから君を呼んだ。」

「最低ね。維持隊の救助隊だって来るのよ。ここの研究員だって、総意?みんなみんな巻き添えじゃない!」
同情を押さえてでも言わなければならなかった。録音される音声のためでなく、自分のために。彼のために。

「君の質問はそうじゃない!なぜ我々が君の存在を知り得て、今!君に!ここの秘密のすべてを背負ってもらおうとしているかだ!」
どこまでも反抗期ね、決まっているじゃない。亡命した父への復讐よ。逆上し嘔吐感がこみあげた。

「そんな話はよして。わかるわよ、・・うェ」
吐いてしまった・・。


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