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(小説)solec 1-2「FS–0ω」

 右脚駅行きの電車。電車に乗るときはいつもここ。

座席とドアの間の少し開いた部分。ドア側のポールと座席の端の間に挟まり進行方向から後ろへ流れる景色を眺めていた。実験が終わり、ソレクに戻った私たちは休むことなく、到着が遅れていたカグツチ2のお迎えに出向いていた。室長だけが呼ばれたのだが、無理を言って同行させてもらえることにした。これも10年以上にわたる室長との仲のおかげだ。ありがたい。

 電車は集合アパートの壁こと「リブドモジュールクラスター」の下を走るトンネルを抜け、地上に出た。アパートの壁を抜けるとソレクから出たのだと実感する。これも効果の内のひとつだろうか。建築や道路がびっしりと敷き詰められ、光の溢れる内側と違って、外は殺風景。この対比には誰もが驚かされることだろう。トンネルを出てからずっと真っ暗だ。夜の暗闇に電車のレールとソレクの壁、ところどころ照らされている発電施設の出入り口。天気もいいし星も見えるだろうが、車内が明るくてよく見えなかった。むしろソレクの空がぽっかりと輝いていて美しい。もっと行けば送電用の大型アンテナがたくさん見えるのだろうか。そういう私も最近はあまりソレクの外に出ていないし、西アラルからの帰りに私は寝てしまっていたのでソレクの外に何があるかは、昔の記憶のまままだ。昔はもっと地上に水道管やら送電用超伝導ケーブルやら発電施設の侵入防止フェンスやらがあって騒がしかったのだが、今やそれらはすべて地面の中か、地球の外にある。そういえばあの無数にあった冷却用の水が入ったタンクはどこへいったのだろう、塔もあったはずだ。私の記憶にない何年間かのあいだに、外側はこんなにも変わっていたのか・・。

「あっ。」突然明るいラインが視界に飛び込んだ。

地平線があいまいで、よくわからないがあの小さい粒たちは飛行場の誘導灯ではないか。そして上空でひときわ輝く点は航空機ではないだろうか。そう気がついた後、すぐに巨大な構造が視界上方に出現した。電車はそれと並走している。若干、自分のほうが速い。

突然目の前に現れた戦闘機。
地上からの緑色のライトに照らされて浮かび上がる。
主翼と機体下部に輝く青と赤の点は宝石のようにきらめいた。

あれはFS–0ωではないか。

いや、ハードポイントがむき出しだ。まさか、オメガの試作機?50年も前の機体。

必修の空体力学で教授が好きだったし、この手の知識は元からあった。主翼の格納スペースがそのまま溝になっているのが、古めかしさを感じさせる。機体下部にだらしなく伸びる垂翼が折り畳まれ機体に吸い込まれる。垂翼はこの0シリーズの大きな特徴で、初期型だけにあって、7mにもなっている。0シリーズといえば、いまや無人だらけの戦闘機界で唯一、有人機能を遺しているシリーズだ。私ももっと小さい頃は音速で飛ぶSu‐34Sなどの有人戦闘機に思いを馳せたが・・。

「ギア、ダウン。」

そう、この機体のギミックには驚かされる。一体どうすればあれだけの稼動部を収納することができるのだろうか・・。実物を見る機会は全くなかったが、父の書斎から引っ張りだした戦闘機の図録には大きく「最新鋭機」なんて書いてあり、当時超機密事項だった機体について、そこそこ詳しかった。そこに載っていた「機体の内部構造」なる、今思えば憶測だらけの、絵画を思い出す。

飛行機は行ってしまった。
窓から顔を離すと、目の前に少女がいることに気づく。

「目、合いましたね。」思ったよりも高い声だ・・・。減速。

「あ、うん。」沈黙。日系?

「飛行機、近くで見たいですか?」

「え?」どういうこと?

「飛行機、好きなんでしょ。」と、微笑む。

「えっと・・・。まぁね。」ここまで話して気づいた。この子、あのときのスケッチブック。

「明朝5時、チュキス行きバスターミナルで待ちます。」

 停止、ドアが開く。

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