(小説)solec 2-1「理化学研究所」
喪失したカグツチ2をオレンブルクで見送ったのち、室長らのグループはさらなる素粒子研究で成功した。室長は言った「お前ももう立派な研究者だ。どうだ。東に行ってみる気はあるかね」
そんなこと考えたことがなかった。ソレクで生まれ、育ってきた私にその外側で、しかも第4段階での着任なんて。。。室長との連絡はそれが最後だった。
そんなときだ。人事省人事局から日本へ行くよう招待されたのは。
私はもうソレクには必要ない人間なのだろうか。
ポケットには自分の手の中で限界にまで折り畳まれたチケットが指を突く。
「日本はいいな〜戦中はトンでもない科学力をほこっていたんだぜ。」
それが皮肉であることは第三章を参照
「うん。ソレクに負けないほどの科学力をあの国は持たなければやっていけなかったからね。」
「きっとトンでもない遺産が眠っているに違いない。」
なぜ、私なのか。謙遜ではない私よりも高い頭脳と実績をもった人たちはソレクにごろごろいるではないか。左遷?でもなぜ?それを考えるうちに、同じ研究職でありながら、何も言わずに死んでしまったお父さんのことを思い出した。あの戦争のあと、ソレクに亡命する前に父がいた場所。それが、オファーをくれた、この旧東日本にある理化学研究所である。母からは父の葬式のとき、それだけ伝えられた。母もなくなった今、私の事情を知っているのは室長だけ。室長は独り立ちを薦めはしていたものの、やはり日本行きには反対した。だが私は・・・来てしまった。はっきりした理由はなく、ただお父さんに導かれるように。
大通りを通れば独特の酸っぱいにおいが鼻を突く。臭気は陽炎のごとく私を包む。まだ6月なのに。梅雨なんてもう何十年前に忘れてしまったのだろう。あぶら蝉が啼いている。もう慣れた。・・・嘘。
「あ、あのー。」
約束の時間までまだ3時間もある。理化学研究所のふくろうさんと会うのだ。私が熱中していた研究のことを思い出して、ここにはどのような世界があったのかと気持ちが高揚してしまう。そのせいで、予定よりも早く基地の宿を出てしまった。わざと早めに宿を抜け出して、この街を見てみたいという好奇心もあった。とにかく、身体を動かしたかった。警護のために来てくれた本国の軍人のジャンさんとニコラさんのふたりには悪いことをしてしまったかもしれない。とにかく喉が渇く。
「えっと、あ、あのー。す、すみません。」
基地の正門を出て、バラックの方へ歩いていく途中のフェンスの前に、自動販売機をみつけた。正午前の南よりの日の光に当たり、干涸びそうになっている。それが、6台も並んでいる。周りのガラクタに紛れていて本当に使えるのかが心配だが、かすかに唸っている。電源はついている。試してみよう。ポケットからコインを取り出す。10円もする缶コーヒー。きっと研究所の人間が使うのだろう。
「・・・。」
あっわっ。急に光を遮られ、暗くなったと思いきや、振り返ると目の前に大男が現れたのだ。とっさにバックに手をやり、後ずさりするが、自販機にぶつかって躓き、しゃがんでしまう。コインが跳ねる。
「あっえっと、違います!」
やっとニコラが駆けつけ、腰に携行していた銃を引き抜く。小柄なジャンが大男の後ろから飛びかかり、仰向けに引き倒す。土埃が舞う。一瞬の出来事だった。
「ジャン!カミカゼだったらどうするつもりだ!俺たちは別にミコのために命まで掛けているわけじゃないんだぜ!」とニコラ。
「でもあんただって、その距離じゃ・・・へっへ。無事ですかい?お嬢さん。」
大男を締め上げながら、ジャン。
「あぁ、はい。わたしは・・・平気。」
突然の状況でもあるが、ミコという名前でわたしを呼ぶのは親しいひとだけだから一瞬戸惑ってしまう。
あれ?
倒れた大男の顔を見ると、見覚えがある。そうだ。確か、理化学研究所の・・・ふくろうさんではないだろうか。
「安藤さん・・わたしです。ふくろうです。」
あれ?知り合いですか?という顔のニコラとジャン。わたしもふくろうさんについては昨日、研究所から名前と待ち合わせ場所、時間を伝えられただけである。その名前でソレクのデータバンクから検索したところ、この男の12年前の肖像が現れ、そこで見た顔に見覚えがあるというわけだ。しかし、12年前は京大の学生だったはずだ。たった12年でここまで老けるとは。老けるか。男性だし。
「はい。私も突然で、動揺しましたが。ふくろうさん、なぜわたしを?」
「向こうに6円の缶コーヒーがあるので、それを伝えようと・・・」
「6円?」
どうしたのだろう。このひとは何を話し始めるのだろう。
「ふくろうさん、そんなことは聞いていません。待ち合わせの時間まで、、、。」
チラッと腕時計を見る。
「まだ2時間46分あります。それに理化学研究所には、私たちの側から赴くと昨日の電話で伝えてあります。わたしが聞きたいのは、なぜ、あなたが私の顔や場所を知っていたのか。」
そしてなぜ、真後ろにいきなりあらわれたのか。
いや、知っているのだ。わたしの顔じゃない。この街に余所者が入る場所なら(平和)維持隊の基地でしかありえない。さらに、珍しげにこの街を動き回り、好奇心の赴くままに覗くわたしの姿はかなりに目立ったに違いない。理化学研究所にはわたしが来ることは知られていた。ふくろうさんにとっては、私を見つけることはとても簡単なことだったに違いない。ましてや基地の正門から出て5分もかからないこの場所なら。さらに私服となればなおさらだ。基地内の人間はほぼすべて、軍服を着用している。この国への観光も許されてない。
「なぜって、あなた、いや、安藤さん、安藤さんは世間知らずですね。」
やや苦笑気味。なめられた。
「とにかく、私は安藤さんと一緒に6円の缶コーヒー買ってから研究所までご案内するつもりでここに来たのです。」
いや、やはり約束の時間にはまだ早い。
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