(小説)solec 1-3「オレンブルク貿易特区」
オレンブルク貿易特区。ソレクから北へ約600kmの地に貿易特区のオレンブルクという都市がある。貿易特区というのは、ソレクの経済管理を円滑に進めるべくして作られたソレクとの中間貿易地である。
ソレクはその高い技術を提供し、世界中の企業はこの地に社を置き、中央からの分業要請に応じる。ソレクとの間には各国企業との物質的または貨幣を使用した貿易があるわけではない。
しかし、貿易という性質上、第二段階の扱いだ。貿易特区のネーミングの由来は、世界中の企業(企業と呼んでいるが実質的にはソレク管轄の役所であろう。)が集中し、小規模ながら自由経済が運営されていることにある。人々はここで、他国の珍しい物産に触れ、知識を交換し、ソレクの人間とも接触する機会がある。これに対し中央(ソレク)は「制限」を設けて容認する立場をとっている。
カグツチ2のお迎えに行くべくソレクを出てから約2時間、ソレク右脚駅で特急オレンブルク行きのリニアに乗り換え、やっと着いた。リニアから降りると駅員さんがいて切符と引き換えに人生で初めて、お金をもらった。少女とは右脚駅で別れたきり。ホームは暖かい。しかし外は寒いだろう。紫色の断熱フィルムとガラスの向うでオレンジの光が粒を照らしている。
「昨日も言った通り、私は14番線からバシコルトスタンへ行くよ。朝一で墓参りをして戻ってくる。集合は到着予定の2時間前午前9時32分。アンガローニの欧州線発着2番ドックでよかったね。」
「ドックは広そうです。」
「まぁソレクの者だと言えば中へ入れる。なんとかなるだろう。」
と、あくびをする。もう深夜だ。室長も疲れているのだろう。
「わかりました。もし何かあれば連絡します。」
「どうやって?」もう本当に眠いらしい。
「ポケットpcです。」鞄から取り出してみせる。
私の物は棒状のタイプでヒルベルト曲線のデザインだ。室長のppcはドーナツ状だった。
「あぁそれね。コーヒーカップのやつね。確か持っているよ。」トーラスの話をしているのだろう。
「それでは、お気をつけて。明日のカグツチ2の実物、楽しみです!」
「うむ。」
室長は満足げに14番線へ向かった。
室長を見送ってから、しばらく宿の方向へ歩いた。オレンブルク共和国へ来るのは初めてだ。オレンブルクには壁がない。外側に拡大し続ける都市。ソレクと違って、研究所も、学校もない。しかし、さすが全世界の企業がオフィスを集わせるだけあって、地上300mの雑居ビル群には圧倒される。ソレクも地下を考えれば、それくらいだろう。
それにしても、お腹が空いた。幸い、滞在は2日間、50000オレンもあれば十分過ぎるくらいだ。駅員さんからもらった時から手に握りしめられている50000オレン。どこにしまおうか。
この街のカラクリ。一人当たりの持つことができる最高額が50000オレン。不法滞在者は皆無。これで「制限」の説明も十分であろう。この街の市場経済はゲームなのだ。もちろん、みんなわかっている。
だから飲食店がやたら多い。需要と供給は保たれているのだろうか。本当に食料に無駄なく運営されているのだろうか。ソレクの外事部と経済部を信じるほかあるまい。
吹き抜けのショッピングモールに立ち並ぶ飲食店。イタリアン、フレンチ、中華はもちろんロシア、中央アジアの料理。さらにアメリカンや日本料理まである。またトランスフードと呼ばれる貿易都市特有の料理も存在する。だが時間が時間だけに、そのほとんどすべてが閉まっている。広い。駅を出てからずっと続くこのショッピングモール。PPCで地図を開く。あぁこのまま宿に着いてしまいそうだ。この時間でも営業していそうなとこは見つからない・・・。
あ。
出会ってしまった。
「あ、また合いましたね!」
「うん。どうして?」それだ。そう、この子は一体何者なのかを聞かなくては。
「私も、カグツチさんをお出迎えするんです!」妙に元気な声で、そう答える。想像はついていたが、やはりその通りとは。
「で、何の用かな?」偶然出会ったのに、これでは相手が故意に私に接近したみたいで失礼ではないか。まぁいいか。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私は通りすがりの芸術家志望です。実はソコロフおじちゃんの親戚です。」
謎だ。
名乗ってすらいない。だが、なんだろういろいろ合点のいく感じは・・・。
「おとついのオメガキャッチャのときに緑茶飲んでたおじちゃんですよ。」
知っている。せめて「主任」と言ってほしいのだが。まぁ親戚・・・なのだろう。
「主任ね。知ってま・・」
「で、飛行機、好きなんでしょ。明日朝一に行こう! いいとこ、知ってるんだ!。」
ダメだ。この子。マイペースなんだ。私よりもひどい。疲れてるんだ。宿に帰りたい。
「場所はチェキス行きバスの途中にあるアトーデ。50分くらいで行けるかな。」
「アトーデ?」少しだけ好奇心が。
「そう、ロシア語で「廃材」って意味。たくさんの廃棄物が集められている場所。」
はいきぶつ?無言で首を傾げてしまう。
「そう。そこには先代のガソリンで動く自動車や重機、建築資材、電動工具、家電製品、実験器具、昔使ってた兵器の残骸、そして飛行機。みんなあるんだ。まるでヴァージェス頁岩のような・・・楽園。」
「飛行機ってそれは昔の?」魅せられた私がいた。
「当然。機密保持に関わるようなものはないだろうけど、ソレク右脚飛行場でなぜか飛んでいた0シリーズの初期型もあるし、西側の機体も。ネタバレだけどもB–52は圧巻だよ。あと旧ドイツのギガントも置いてあったなぁ。」どうしてわたしがその場所を知らないんだろう。どうしてこの子は・・。嫉妬にも似た感情が沸き出る。私にもプライドというものがあることを初めて知ったような気がした。
「元はロスアラモスみたいな核弾頭の実験場兼迎撃ミサイルの基地らしくて。低濃度汚染地域だけど事前に許可を取れば入れる。大丈夫。私は何度も入ってるし、低染度の被爆なら慣れっこでしょ。」
私が雑誌やネットで情報を得て満足していたときに、この子は、この子は実物に触れている。ソレクでは不可能な体験を、この子はしている。それも何度も。
ぐぅー。
お腹が、鳴いてしまった。人がほとんどいない空洞空間。きっと彼女にも聞こえたに違いない。
「奇遇ね。私も何か食べようかと思ってた。ラーメン食べよう。」
あぁ聞かれた。しかも、よりによってラーメン。それにしても、アトーデ。やはり気になる・・・。
「さ、行くよ!」
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