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読切感想『わたしひとりの部屋』誰かのそばにわだかまる絶望

ヤングスペリオールの新人賞大賞を受賞した読切の感想です。下のリンクから本編を読めますので、まずそちらをどうぞ。

スペリオール新人読切・【読切】わたしひとりの部屋/udn | ビッコミ(ビッグコミックス) (bigcomics.jp)

読みましたか? 読みましたね。
では感想書きます。



沁み入るような絶望が全編を覆っている作品でしたね。
その日を生きるぶんにはなんとかなるものの、その先がどうにも見えない、ぬるい泥濘に膝まで浸かっているような毎日。焦燥感と苛立ちがゲーム内の銃口に宿り、ヴァロラントの爆弾が世界を飲み込む夢想が弾ける。

がさがさした主線、トーン少なめでアミカケを多用した画面、それでいて達者な構図とコマ割り、乾いたモノローグと台詞回しのリアルさ。物語の主題とテクニックが非常にうまく噛み合っています。

この漫画のテーマは『誰かの生活のそばにわだかまる絶望』であり、主人公の主観で積み重なり続けるそれが物語の中核をなしています。
主人公が作中で成し遂げた最大の功績は、ヴァロラントのランクをアセンダントにまで上げたことです。しかし、それは画面をスクショして終わりで、次のページのラーメンに塗り潰される程度のものでしかない。主人公の生活に根ざしているものが、生活に溶け込みすぎているゆえに本人の心を揺り動かすものになりえなくなっている。

本作の感想で、『ゲーマーならこれくらい普通』『ゲーマーの生態を見せてるだけで大して新しくはない』というものを散見しました。しかし、この作品で見せているものは、『主人公の絶望』であって、『ゲーマーの日常』ではありません。そしてその主人公は、自分のことを一切『普通』だとは思っていません。

主人公はたまたまゲーマーだったのであって、世のゲーマーが全員こんな絶望を抱えているわけはないでしょう。人間が誰しも抱えているさまざまな不安や痛みを描くにあたって、主人公が生まれ、その視点を通して物語が紡がれている。

新しいのは、主人公が相当に匿名化され、無力で、多くの人間がその人生を仮託できる造形となっている点、そして、世界に半分しか同化していない点です。

後者を説明します。この作品は、以下のようなプロットを持っています。
① 就活に落ちて1日8時間ゲームをしている主人公の説明。
② 帰省、ナンバさんとの待ち合わせを通して主人公のルーズさを説明。
③ ナンバさんの話を聞いてあげられない主人公。ゲームに誘う約束。
④ 数カ月後、カトウさんと挨拶。100円を拾う。
⑤ ナンバさんの死を知る。
⑥ バイト先でネコババ犯扱いを受ける。
⑦ 『へやにひとり。ただひとり。』のモノローグ。
⑧ ゲーム内で自分ごと爆弾が起爆。
⑨ ゲームランク昇格。ラーメンを食べながら『この先もずっと続いていく。』のモノローグ。

ゲームの外、実生活で主人公が他者と関わるのは、②、③、④、⑤、⑥です。しかし⑤はディスコードの連絡先しか知らないナンバさんの近況を知るために古い友人にラインしたというもので、むしろ主人公の疎外感を際立たせるものです。
なんならその古い友人もネット上の関係なので、正確には現実で人間と関わっているのは②、③、④、⑥となります。そしてそのすべてで、主人公には世界とのズレがあります。

世界に半分しか同化していないというのはこの点です。この作品は半分モノローグというか主人公の脳内で展開されており、もう半分ですら、世界から拒絶されているような息苦しさを伝えてきます。タイトルの『わたしひとりの部屋』とはアパートの一室というだけではなく、主人公の属する世界そのものを示しているわけです。
もちろん、なにもネット上の関係やゲームそのものが悪いわけではありません。が、他ならぬ主人公が、好きなはずのヴァロラントに『めちゃくちゃにしたい。』という幻想を仮託して、その爆弾で自分が粉々にされているのです。

『わたしひとりの部屋』/udn

ナンバさんとオーバーウォッチ2をする約束は果たせず、ヴァロラントを惰性で続け、ランクが上がっても喜びは一瞬。
ラストの『この先もずっと続いていく。ずっとずっとこんなふうに。』というモノローグは、もちろん本心ではありません。だから、爆弾に世界もろとも自分を吹き飛ばしてほしい。

この時、ゲームは単なる楽しみではなく、主人公の持ち込んだ現実によって絶望の象徴となっています。


最後に、主人公の匿名性について書きます。
主人公の名字は『サカイさん』で、名前は不明。その名字も、ただの1回、バイト先のおばちゃんに呼ばれただけです。

『ナンバさん』と合わせ、どちらも大阪の地名ですね。人名であると同時に地名であり、はっきりしない。

結局のところ、サカイさんでもミナミさんでもミドウスジさんでも誰でもいいのです。この作品が描きたいのは、『誰かのそばにわだかまる絶望』なのですから。

ところで、主人公が遅刻したり、昔から『当たり前がなんにもできな』いという点を拾って、『発達障害なのでは?』という感想を持つ人もいるかもしれません。

しかし、これは『病気と付き合う人の話』ではないので、そういった詳細は明らかにされないのです。仮に主人公に精神疾患があったとして、それは彼女の匿名性を侵す設定です。そうなると、現在この物語が持っている純度は損なわれるでしょう。

ついでに書くと、そもそも読者のほとんどは、主人公レベルのゲーマーではないはずです。だからこそ、ゲームそのものは主題ではなく、主人公の心を映すだけの鏡として描かれている。
こういった細かな目配せが、本作を『あなたのための物語』にしているのです。


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