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私的日本の短編ミステリー小説13選

突然ですが、ミステリーが好きです。(もちろんSFとか普通の小説とかみんな好きですけどね)
といっても、マニアというほど読み漁っているわけでもなければ知識があるわけでもありませんが。
そして、私は短編小説が好きです。どうやら世間的には長編小説の方が好まれて、多く書かれ、売れるらしいですが、私はどちらかといと数十ページにアイディアが純化されたり、詰め込まれたりする短編の特質が好きで、どちらかというと重層的に様々なモチーフが編み込まれていくような長編小説の方が読むのは苦手です。(でも読むけど)

そんな半端な小説の読み手の私が、短編ミステリーを、それも日本の作品から選んでみました。ほんのすこしだけ変化球気味の作品多め、やや古めであまり振り返られない時代多め、世間のベスト短編に選ばれるようなのは2、3つしか入ってませんけどね。一応日本のミステリ史的にはたとえば黒岩涙香の「無惨」が創作物の嚆矢としたり、江戸川乱歩「二銭銅貨」が発表された1923年を基点にしたりするようですが、江戸川乱歩を起点にしたとして、そこから見ればそこから25年の間の作品が9つというのはいかにもバランスが悪いような古いものだらけのようにも思えるけど、まぁ私の好みです。

きっとミステリー好きな人がみれば、たとえば、なんで連城三紀彦が入ってへんねん!(いや、名作だらけなんで逆に選びづらかったし、いまさら「戻り川心中」や「変調二人羽織」なんて選ぶとベタすぎて恥ずかしい)とか、乱歩が入ってないとか(まぁ、これは私がそれほどすごいと思ってないだけかも)、泡坂妻夫とか都筑道夫とか短編の名手いっぱいいるわけですが、ここらへんも名作だらけで、きっと他でいくらでも作品を目にすることが多い(もし、そうでなくなってるとしたら、そんな時代は哀しい)と思ったので、外しました。。。30作くらい選ぶならいくらでも入れるけど。

って、感じのわがままな選び方だということを了解したいただいて。

1.羽志主水「監獄部屋」(1926)

(青空文庫で読むことができます)

日本のミステリ初期に書かれたとても短い短編。
監獄部屋という思想犯や荒くれ者が押し込められた人々が労役に酷使される世相を舞台としたある種皮肉な作品。そしてこの作者はたった短編を数作しか書いてないといういろんな珍しさを兼ねた作品。
まぁ、オチ自体はわかってしまうと、けっこう単純でありがちと思ってしまうかもしれませんが、最初期にこれが書かれたことが重要かも。(多くの小説のジャンルが最初期に重要なパターンを提示してしまう一例ともいえるかな?)

2.小酒井不木「秘密の相似」(1926)

(青空文庫で読むことができます)

「監獄部屋」が掲載された翌月の「新青年」に掲載された作品。
医学者として欧州留学し東北大学の医学部教授にもなった小酒井不木。考えてみたら乱歩は探偵小説をつまらないものと世間から思われないために、不木や木々杢太郞、浜尾四郎など法曹界、医学者など様々な名士に小説を書いてもらい、小説自体の地位と認知を挙げようとしたのですよね。当時の苦労は大変だったと思うのです。

そんな不木は医学の知識を使った短編を様々書いていて(まぁ今からみればすっごく時代遅れにみえたり差別的だったりするけど、逆にこの頃はこのような医療技術な社会だったのだとわかるわけで)「恋愛曲線」「闘争」あたりはけっこうアンソロジーに入るのでは。そしてそんなアンソロジーにはおそらく決して入らないだろうこの作品。書簡形式のミステリーですが、当時の差別とはどういうものだったかがわかってすごく怖いのですよ。今だったらこの作品は書けません。でもだからといって、このような人の心の中にある差別、憎しみは消えてないと思うのですよ。

3.浜尾四郎「探偵小説作家の死」(1930)

浜尾四郎探偵小説選 (論創ミステリ叢書) 所収

初期の探偵小説作家の中では最も好きなのが実は浜尾四郎。検察官、弁護士から作家に転じ貴族院議員も務めていて、兄弟には古川緑波、息子は宮内庁侍従の浜尾実とカトリック枢機卿浜尾文郎というすごい父親(といっても39歳で亡くなってしまうのですが)。もちろん長編なら「殺人鬼」という戦前のミステリーの大傑作(しかも新聞連載だったという信じがたさ)があるわけですが、短編も法律や人権を考えさせる好短編もいろいろ。そんな中、おそらく選ばれないだろうこの作品を選んでみました。なぜこれを選んだかというとメタだから。。。それを作者は意識していたかどうかはわかりませんが、当時にこのような物語の枠の外の視点が紛れ込む作品は珍しいので。まぁ、現代のようにメタ的作品に慣れてしまった私たちにはだから何ってだけかもしれませんが。

4.海野十三「点眼器殺人事件」(1934)

獏鸚 (名探偵帆村荘六の事件簿) (創元推理文庫) 所収

現代SF小説の創始者といってもよい科学小説作家だった海野十三、一方でその科学をネタにした(そして時々はそりゃねぇよといったSF的荒唐無稽さも含んだ)ミステリ作品もたくさん書いています。帆村探偵シリーズもその科学的な部分が過剰な「蠅男」や「赤外線男」とか変なのもいっぱいありますが、ここでは短編にして、バカミスとも称された「点眼器殺人事件」を。
なにがどうバカミスなのかは読んでくださいとしかいえませんが、こんなことが本当に実行可能か以前に、発想して書く気になるだけでもすごいのかもしれません。。。w
あと「振動魔」は松本清張の代表作「砂の器」の殺人トリックの元ネタです(ドラマ版や映画版ではこの殺人部分は決して映像化されませんが)。

5.妹尾アキ夫「深夜の音楽葬」(1936)

妹尾アキ夫探偵小説選 (論創ミステリ叢書) 所収

ハヤカワポケットミステリの昔の海外ミステリの翻訳者としての活躍のほうが有名なこの作者。でも少ないながら小説も書いていて、なかなかユニークです(自分が翻訳したり読んでいた海外ミステリあたりから最新のネタを拾ってる傾向もありますが)。足の不自由な音楽家と病院にいる盲目の少女の恋物語。そしてオチもある程度途中で推測できてしまいますが、衝撃なのは最後です。これまた、今なら書けません。。。これも時代です。

6.大阪圭吉「三狂人」(1936)

(青空文庫で読むことができます)

大阪圭吉は戦病死してしまったので、わずかな作品しかありませんが、ミステリ分野の短編に関してはほとんどはずれなしに近い素晴らしい作家です。今回挙げた作品以外もぜひ読んでいただきたい。
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person236.html
また、短編全体を見ていくと、まさに戦時色が深まるにつれて急激にミステリからスパイ小説や小説の中に戦意高揚の色が急激に濃くなるのがわかり、まさに時系列で日本がそういうものしか書けなくなったのだなぁとくっきりとわかったりします。「坑鬼」は少し長いし、「とむらい機関車」は取り上げられることがおおいので、この作品をとりあえず。

7.大坪砂男「天狗」(1948)

天狗 (大坪砂男全集2) (創元推理文庫) 所収

長編作品を1つも残さなかった作家ですが、数少ないながらユニークな短編群はあきらかに日本のミステリー作家に影響を与えたのは間違いない大坪砂男。後で挙げる天城一と同様にユニークなアイディアと短い作品にシンプルに落とし込むという作り方は似てるように思えますが、できあがった作品の肌触りは全く違うのが小説の面白いところだなぁと思います。優れた短編が多い中でも、絶品とされるのが「天狗」。このトリックが本当に実現可能かどうかなんてことより、文体がやや幻想的な中、映像を思い浮かばせるところがすごいと思うのです。一歩間違えばこれもバカミスだと思いますけどね。
そしてやはりこの作家の驚きは虚淵玄の祖父だってことかも。。。

8.坂口安吾「アンゴウ」(1948)

(青空文庫で読むことができます)

坂口安吾は本人もミステリ好きだったそうですし、なんといっても「不連続殺人事件」であったり、捕物帳として少し異色(勝海舟が狂言回し的でもある)な「明治開化 安吾捕物」もあったりしますが、戦時中の隠されたメッセージのやり取りを題材とした、ミステリーとして読めるかどうか微妙な境目のようなこの佳品を選んでみました。でも立派な暗号伝達の話です。ただ、暗号を解くことには重点はない作品だというところが、アンチミステリ系だった安吾らしいですね。

9.天城一「鬼面の犯罪」(1948)

天城一の密室犯罪学教程 所収

天城一は数学者としてさまざまな業績を上げつつ、一方ではそれほど多くはないとはいえ、まさにミニマリストといってよいようなすべてが削ぎ落とされた短編ミステリを書いています。あまりに削ぎ落とされた過ぎてアイディアだけ、説明さえ十分でないかのように感じられるかもしれませんが、まさに数学の証明を書くかのような作品を楽しんでみてください。
この作品はそんな中でも多分長めです。名作にして「見えない人」に日本の歴史的感覚の新しい解決を与えた「高天原の犯罪」(上記の本に入ってます)とどちらを選ぶか迷いましたが、この目的を持ったそして裁くことができない犯罪の方が読みやすいので、こちらにしてみました。

10.鮎川哲也「赤い密室」(1961)

下り“はつかり”―鮎川哲也短編傑作選〈2〉 (創元推理文庫) 所収

ちょっとは正当な短編密室ミステリも入れておこうかな、ってことでこの作品を選んでみました。
日本の本格ミステリの守護神のような存在だった鮎川哲也はそれこそ長編には地道な推理を積み上げてアリバイなどを崩していく鬼貫警部シリーズ(「黒いトランク」とかね)もあれば、直感的にトリックを破っていく星影龍三シリーズ(「りら荘事件」とかね)もありで、長編、短編さまざまな名作があるわけですが、法医学教室でのシンプルな犯人喪失と遺体の処理という点で、これはやはり名作であることに間違いはありません。

11.松本清張「理外の理」(1972)

松本清張傑作短篇コレクション〈上〉 (文春文庫) 所収

松本清張のようなビッグネームでさらに短編を1個なんてのは無茶もいいところなんですが、この作品はとても奇妙で怖い作品なので選びました。他にも腐るほど正統派な傑作は山ほどありますけどね。テレビドラマにも短編で2時間くらいに伸ばされてるもの、そしてそれが何度もドラマになってるものだっていくつもあるし。。。
雑誌編集部内で使う作家の首切りの話と、その首切り対象となった老作家の書いた(作中作として語られる)首を吊らせる鬼の話(他に語られる話も面白いので、首を切られる理由はないよねぇと思ったり)と、そして、その鬼のことが現実化するところへつなげるうまさがすばらしいのですよ。。。
光文社から出ている初期短編全集全11巻(ミステリ以外も含みますが)だけでも十分楽しめます。

12.麻耶雄嵩「遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる」(1992)

メルカトルと美袋のための殺人 (集英社文庫) 所収

麻耶雄嵩といえば、どんな作品も推理小説というルールの枠をいかに破るか、または隙をつくか、それも読者が想像したのを見事に裏切るすばらしい名手。
すべての長編は読む価値がある(もちろん読んでからそりゃねぇよ!って文句を言いたくなることもあるかもしれない)けど、短編もすばらしい。そんな中ではメルカトル美袋シリーズのこの作品は、初めて読んだ時にまさに衝撃でした。どうして事件を知ることができたのか、という理由付けにこの方法は考えたことなかったよ。。。最近の貴族探偵シリーズの短編もいずれもすごいですけどね(「こうもり」(「貴族探偵 (集英社文庫) 」所収はおすすめです)。。。

13.愛川晶「カレーライスは知っていた」(2000)

カレーライスは知っていた (光文社文庫)
所収

最後がこれってのもどうかとは思いましたが、美少女探偵根津愛シリーズ一編。でも主人公は根津愛でなく、そのお父さんが伝説的な刑事と称されるに至ったある殺人事件。殺人現場のカレーを一口食べただけで犯人を喝破するというシンプルさと料理ネタだってことで選んでみました。料理ネタでは長編ならそれこそ栗本薫「グルメを料理する十の方法」(大昔に2時間ドラマで春川ますみと浅野ゆう子のダブル主役だったんだよね)とかライアンズ「料理長殿、ご用心」(でも原作より映画の方が有名かも)とか傑作はあるけど、ここまで料理ネタでシンプルなのはないので。実はちょっとしたことで事件をすべて喝破するという意味では、これにするか栗本薫「伊集院大介の失敗(伊集院大介の私生活 (講談社文庫) 所収)(若き日の名探偵伊集院大介が別荘の管理人アルバイトをしてて近くの別荘に電気がついているのを見ただけで事件をすべて推理するってやつ)と迷ったんですけどね、こっちにしてみました。

ってことで、けっこうとっちらかったリストですが読んでもらって面白いと思ってもらえたり、ミステリに興味を持ってもらえれば嬉しいです(なら、もっと正統派な選び方しろよ!と言われそうですが。。。)

(了)
本文はここまでです。
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