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感動した時に「感動した」で終わらせない練習

いい歳なので「自分軸」を持ちたいと思っていて、タイトルに書いたような練習を始めた。自分軸っていうのは、「自分はどう思うか」という自分主体の価値観や判断基準のこと。

周りから「意思がはっきりしてる」とよく言われていたので、自分は自分軸を持ってるほうだと思い込んでいた。
だけどよく考えると「なんか嫌だなー」には特別敏感なくせに、「心地いいこと」に対する感度が異常に低い。

自分の好きなもの、やりたいこと、心地よいものがわからない。自分のことであっても、私のことをよく知ってる他者の視点のほうが正しい気がしてしまう。だから、仕事を決める時も周りに「向いてそう」と言われるものを選んできた。うまくいったかいってないかの判断も周りの評価で決めてきた。

マイナスに行き過ぎるのを回避するのは得意だけど、プラスには大きく飛べない。人生が単調で小さな成功すら感じることがなかったのはこのせいかもしれない。

一回全部リセットして、抜け殻になってフラフラしてた時のことだ。
義母に「お金のことも、家族のことも、仕事のことも、何も考えなくていいって言われたらいま何がしたい?」と聞かれた。

5分くらい考えたのにひとつも思い浮かばなくて驚いた。

自分のプラスの感情にとても鈍感になっていて、そこにあるのに気付けていない幸福が、実はたくさんあるのかもしれない。

経験して感じたことを自分の言葉で書いたり話したりする練習がしたい。
感情の昇華を経て自分軸を作っていこうと思って呟いたのがこのツイートだ。

それからTwitterやnoteとかを筋トレ的にはじめてみたけど、疲れる。
「感動した!カッコいい!泣いた!」
……小学生のほうがもっと良い感想述べるでしょってレベル。語彙力や想像力のなさがつらい。一方で、筋トレのように負荷がかかって頭が鍛えられてる感覚はある。

でもこれを続けるのしんどいなあ。
そう思ってた時、普段ほとんど連絡を取らない母親に電話したことを思い出す。仕事が全然続かなくて、社会不適合者の罪悪感に負けそうな時だった。

母親は私のことを「意思がしっかりしてて、納得いくまで続ける粘り強い子だったよ」と言う。

弟が生まれた時、私は幼稚園児だった。
母が入院している病院に行くと、病院の先生が「お絵描きする?」と色々なお絵描き道具を持ってきてくれた。でもその時、私は外の景色を観察したかった。愛想なくぶるんぶるんと首を横に振り、後ろで苦笑する先生と謝る両親を無視してずっと窓の外を観察していた。

小学校1年生の図画大会。教室で牧場の牛の絵を描いていた。
思ったように空の色が作れず、理想の空の色を作りたいと青や白をこねくり回していた。2時間続きの図工はあと1時間あったはずなのに、顔を上げるといつのまにか放課後になっていた。
担任の先生と迎えに来た母親以外、教室には誰もいなかった。

意思がしっかりしてる? 粘り強い? こんなすぐに仕事辞めちゃってるけど……母と話す電話口ではそんなことを思っていた。だけど電話を切って記憶を遡ってみると、没頭しだすと際限なく夢中になれた子供の頃の自分が思い出される。

そんな記憶を勇気に変えて、感動した時に「感動した」で終わらせない練習を続けようと思っている。筋肉は裏切らないと信じて。









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