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【大人との対話】イベントレポート#7. 独立研究者 森田真生


いつかのための準備ではなく、今日一日を生きよう

さまざまな分野で活躍するオピニオンリーダーから直接話を聞き、学校や家庭とは違ったアプローチで子どもたちの興味・関心を広げるイベント『大人との対話』。第7回では独立研究者の森田真生さんをゲストに迎え、数学の概念から人生を豊かにするヒントまで、幅広い対話が展開された

登壇者・参加者紹介

森田真生 / 独立研究者
1985年、東京生まれ。東京大学理学部数学科卒。京都東山の麓にある研究室を拠点に、研究・教育・執筆のかたわら、国内外で「数学の演奏会」や「数学ブックトーク」などのライブ活動を行っている。デビュー作『数学する身体』(新潮社)で第15回小林秀雄賞を受賞。その他『数学の贈り物』(ミシマ社)、『僕たちはどう生きるか』(集英社)、『計算する生命』(第10回河合隼雄学芸賞)、『偶然の散歩』(ミシマ社)、絵本『アリになった数学者』(絵・脇阪克二/福音館書店)などがある。
https://choreographlife.jp/

【参加者】
森田さんを除いて前列左から、岩田さん(小学5年生)、前田さん(小学5年生)、吉住さん(中学1年生)、松尾さん(中学1年生)、竹下さん(中学1年生)

数学の概念を知ると世界が広がる

森田:今日は数学に興味がある人が来てくれているんですかね?竹下さんはどう?

竹下:私はもっと数学が得意になりたいと思って参加しました。森田さんは昔から数学が好きだったんですか?

森田:うん、計算は昔から好きだったね。転んで血だらけになって泣いていても、母親が計算問題を出すと泣き止む子だったらしい(笑)。

竹下:すごい(笑)。

吉住:僕は計算が苦手なんですけど、どうしたら速くできるようになりますか?

森田:”苦手“とは何かっていうことなんだけど、僕の7歳の長男はくるみアレルギーで体が受け付けないからくるみが苦手で、数学恐怖症の人は数式を見ただけで具合が悪くなったりするんだけど、吉住さんはどう?計算しようとしたら体が痛くなったりする?

吉住:しないです(笑)。

森田:じゃあそもそも苦手じゃないので大丈夫。ちなみに計算が遅いのは全く問題ないよ。計算は速さを競うものじゃないし、人間はコンピュータのスピードには到底かなわないから。他の人はどうかな?岩田さんは数学に興味ある?

岩田:あります。将来は数学者になりたいと思っています。

森田:今5年生だよね?小学生で数学者を目指すなんてすごいね。僕は大学の途中から数学を始めたので、岩田さんくらいの頃はバスケばかりしていたよ。

岩田:そうなんですね。僕は難しい問題を自分でじっくり解いてみるのが好きなんですけど、森田さんが今までで一番難しかった数学の問題は何ですか?

森田:難しいというか、一番心に残っているのは、ある先輩に出された問題です。その人とは大学生の頃に出会って、その出会いが僕の人生を大きく変えたんだけど、どんな問題かを話す前に、数について少し説明しておくね。例えば数字が「1、2、3、4、5…」とあるとして、これはどんどん続いていきますよね。億の次は京、垓、𥝱、穣と続いていくし、もっといくと無量大数や、仏教の言葉で不可説不可説転というすごく大きな数もあるんだけど、それに1を足せばもっと大きな数になる。だから一番大きな数というものはないんです。この無尽蔵にどこまでもある数のことを自然数と言います。では岩田さん、「2、4、6、8、10…」と続く数は何かな?

岩田:偶数です。

森田:その先輩から出されたのは、「自然数と偶数はどっちの方が多いか?」という問題。そんなのすぐわかるじゃんって感じかもしれないけど、吉住さんはどう思う?

吉住:自然数だと思います。

森田:素直に考えたらそうだよね。他の人はどう?

岩田:同じだと思います。

森田:どうしてそう思うの?

岩田:どっちも永遠に続いていくから、同じになると思います。

森田:僕も最初吉住さんと同じように自然数の方が多いと思ったんだけど、だったら先輩はわざわざ聞かないはずだよね。それで1週間くらい考えて、岩田さんと同じ答えを出しました。さっき言ってくれた「永遠に続いていく」というのは「無限」という概念を言葉で説明しているんだけど、それを数学的に定義したのがカントールという人で、19世紀に「集合論」という新しい理論が誕生しました。これを使うと、自然数と偶数の数が同じということを、誰が見ても明らかにそうであると証明することができます。次に先輩から出されたのが、「自然数と実数はどちらが多いか?」という問題。実数というのは、0と1の間にある0.1や0.01、0.001など全て含めた数のことを言うんだけど、これを全部並べていくと数字が直線の上に隙間なくびっちりと並びます。さて、それでは、自然数と実数では、どっちのほうが多いと思う?

岩田:これも同じだと思います。どっちも永遠に続いていくから。

森田:この問題にちゃんと答えようとすると、集合論を一から勉強しないといけない。そうするともっと精密な考察をすることができて、どっちも同じという答えとは違った答えが見えてきます。そんな感じで僕は数学に夢中になっていきました。数学は計算も面白いけど概念も面白くて、そこを知るとどんどん世界が広がっていく。岩田さんも興味があったら集合論を勉強してみるといいよ。特別な知識や難しい計算は必要ないし、何歳でも考えられる問題だから。

一番自分らしくいられるのは何もしていない時

前田:僕は今、夢中になれることがなくて悩んでいます。どうしたら見つかりますか?

森田:今僕たちは同じ部屋にいるけど、感じていることや関心を持っていることは一人ひとり違うよね。僕たちの脳の機能は限られているので、ここで起こる全てを受け止めることはできない。それぞれが何かを選んで、そこに注意を向けているから、同じ場所にいても全然違う経験をしていて、その人にしか見えない世界が心に刻まれている。前田さんの注意を何に向けるかは前田さん自身が決めることで、他の人がコントロールすることはできない。その自由を持っているのが人間の素晴らしいところだと僕は思います。何かに夢中になることが大事なような気がするけど、何もしていない時、自分の注意を向ける先を自由に選べる状態が、実は一番その人らしくいられる時間なんだよ。

でも何もしていないと、周りから色々言われちゃうよね。実際にそれをやってみたフィンランドのアーティストがいるんだけど、研修生として会社に行って、パソコンも何も持たずに一日中オフィスに座っていたり、エレベーターの中に立っているだけで何もしないの(笑)。それを何日かやっていたら噂が広がって、「あの人ヤバイよ、なんか怖い」って。でも何もしていない人がいるだけで、なぜそんなに怖いんだろう?

何もしていない人は、何をするかわからないから怖いんだよね。パソコンを開いて作業している人は、「この人は資料を作っているんだな」とまわりも予測できるから安心する。でも何もやっていない人は完全に自由だから、次に何をするか予測できない。つまり、何もやっていないということはつまらない状態ではなくて、何でもできる状態なんです。何気なく過ごしている毎日が創造的だと思えば、夢中になれることがなくても焦らなくていいよね。いつも夢中な方が怖いじゃん。どんなこともリズムが大事。音楽にも休符があるし、もったいないからと空白を全て音で埋めてしまったら音楽にならない。夢中になれることがない時間も、前田さんの人生という作品の一部なので、何に注意を向けたいかをゆっくり考えていけばいいと思います。

“予測ができて外れる”というバランス

森田:松尾さんは普段何をするのが好きなの?

松尾:スマホゲームが好きです。バトル系のやつとか。

森田:どれくらいの時間やるの?

松尾:30分くらいですね。

森田:節制しているんだね。好きって言うから6時間くらいしているのかと思った(笑)。

松尾:(笑)。僕は将来獣医師になりたいと思っているので、勉強も頑張らないと…。

森田:将来何をやりたいか考えるのは大事だよね。さっきの“何もしない人”の話ともつながるけど、明日の予測がある程度できるから、僕たちは今日を生きられる。明日地球がなくなるとわかっていたら、みんな今日ここに来ていないよね。来てくれたら本当にありがとうって思うけど(笑)。そういう風に将来を予測することは生きる上で必要なんだけど、同時に考えなければいけないのは、今、自分が何をしたいか。将来幸せになるために頑張るのも大事だけど、今の自分が救われていないのに、それを続けて30歳の自分が突然救われることはないと思う。それに、自分を救うことは人を救うことの一歩でもあるんだよ。自分だけを救うのは自己中心的だと思う人がいるかもしれないけど、それは自分を特別視しすぎ。僕たちは世界の一部分なので、自分を救えば世界の一部分が変わって、みんなでそれができたら地球を救うことができる。だから常に今の自分に向き合ってほしいなと思います。

さらにこの世界が素晴らしいのは、予測ができそうなくらいには秩序があるんだけど、その予測が外れるくらいに複雑にできているところ。将来の夢は描けるけど、思った通りにはいかない。今日の対話も全部予測できたらつまらないし、全く予測できなかったら成り立たないよね。僕がここに来ていきなり英語で話し始めて、裸になって踊り出したら怖いでしょ(笑)。“予測ができるけどその予測がしばしば外れる”という程よいバランスが、人生を面白くしてくれるんだと思います。

偶然にぶつかることで人生の軌道が生まれる

森田:なぜ大人がみんなに将来の夢を聞くかっていうと、予測するのが難しいから。90歳の人の5年後より、7歳の子の5年後の方が予測できないよね。大人は子どもを守りたいし、安心したいから、将来何がやりたいのかを聞いておきたい。みんなはまだ自分が何者かというのが固定されていなくて、何者にでもなれる状態。何とでも出会えて、何とでも反応できる。でも、ずっとそのままであり続けるのは難しいから、子ども時代というのはすごく尊い時間なんです。僕が大学で先輩と出会って数学に目覚めたように、偶然の出会いの積み重ねがその人の人生を形成していくので、自分に訪れる出会いを見逃さず、たくさん受け取れるように生きていくことが大事だと思います。

ゲームやスポーツはルールが決まっているけど、人生は違う。法律も人間が決めたものだから変わる可能性があるし、何が本当にアウトかは誰も知らないんだよね。何がインで何がアウトかわからないけど、自分はこれをせざるを得ないんだという思いを持って一歩を踏み出すと、新しい道が拓ける。その道はそれぞれ違って、誰かが拓いた道をそのまま歩んでも、みんながうまくいくようにはできていないので、一人ひとり成功と失敗を繰り返しながら進んでいくしかない。それが人生の軌道になるんだと思います。

今の人生はいつかのための準備じゃなくて、今が本番。今日一日を生きることが素晴らしいということを忘れないでください。

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その他にも、森田家の微笑ましいエピソードや、宇宙と生物の進化など、数学の枠にとらわれない話題に満ちたイベントとなった。『大人との対話』は第8回以降も開催予定。noteでも随時レポートを公開していく。