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「貿易ゲーム」の衝撃

 ぼくが初めて体験した開発教育のワークショップは、1990年の夏、開発教育協議会(現在の開発教育協会)主催の開発教育全国研究集会の中で行われた「ソシオドラマ」でした。
 参加者の体験をその場で身体を使って表現していくという手法が、とても新鮮でした。
 参加者の中にたまたま青年海外協力隊でマレーシアに行き、母親を対象とした栄養指導などを行っていた人がいて、その人の話を聞きながらマレーシアの村の生活を参加者全員で身体を使って再現していきました。数人が身体を組み合わせて高床式の「ロングハウス」(長屋)になり、2~3人が床下を走り回って遊んでいる子どもになり、2人が廊下で赤ん坊を抱いているお母さんとその赤ちゃんになり、1人が青年海外協力隊の隊員になる。そして、協力隊員になった人がロングハウスを訪ねてお母さんに話しかけるところから即興で劇を作っていくのです。
 「こんな『教育』があるんだ!」「楽しい!」「おもしろい!」と、まさに目からウロコでした。

 それ以来、いろんなワークショップを経験してきましたが、初めて参加したときに最も大きな衝撃を受けたのは、やはり、なんといっても
「貿易ゲーム」です。

 1992年頃。もう30年以上前のことです。主催団体も会場も憶えていませんが、ファシリテーターはオーストラリアの人で、通訳付きのワークショップでした。
 「貿易ゲーム」というタイトルも知らされず、いきなりゲームが始まりました。

 各グループにハサミや定規、コンパス、鉛筆などの道具と何枚かの紙が配られ、決められた大きさの円や四角形、三角形に切って「銀行」へ持って行くと、お金がもらえます。ところが、自分のグループには、定規はあってもハサミがなかったりするので、ハサミを持っている他のチームから借りなければなりません。
 とにかく夢中になって他のグループと交渉して道具を借り集め、紙を切って銀行へ持って行きました。ファシリテーターは「Aチームの製品はいつも丁寧に作ってありますね」などと大きな声で言っていましたが、グループによってわざと扱いに差を付けていることなど、気がつきもしませんでした。

 ゲームが終了し、優勝チームに拍手が送られたところで、「ところで、このゲーム、何かに似ていませんか?」とファシリテーターに聞かれ、これが世界の貿易の現状を表しているということに気づいたときには、まさに「やられたぁ~!」という感じでした。

 ファシリテーターは、参加者に対しいろいろな角度から問いを投げかけ、道具を持っているチームが次々に「製品」を作ってお金を稼ぎ、紙しか持っていないグループとの間に「格差」が拡がっていくこのゲームが、工業技術を持つ先進国と資源しか持たない開発途上国の関係に似ていることに気づかせてくれました。たくさんの製品を作ったグループの机の上にたくさんの紙の切りくずが散らかっているのも、工業化によって大量の産業廃棄物が出る現実と同じでした。

 すごいワークショップだと思いました。単にゲームに勝つためにやっていたことが、これほどまでに世界の現実と似ているとは。自由貿易が引き起こす南北格差という問題を、本で読むよりもずっと実感をもって「なるほど」と理解することができました。
 これこそ、まさにワークショップ。なかでも「シミュレーション」と呼ばれるタイプのワークショップの力なのだと思います。
 ワークショップの参加者は、一時的に「日常」を離れ、作られた物語を体験します。それはあくまでも「疑似体験」でしかないのですが、ワークショップが終わって「日常」に戻ったとき、それまでとは違った意味をもって現実が見えてきます。

 そして、開発教育で重要なことは、そうした事実があるということを学ぶだけではなく、弱い立場にある人たちのことを“共感”をもって理解するということです。「途上国」グループに割り振られた参加者が、「先進国」に対して感じる怒りや悔しさ、「先進国」チームが感じる「勝ってうれしいけれど、これでいいのだろうか」という疑問や後ろめたさ。
 こうした貿易のあり方はフェアではないということに気づいた参加者は、では、どうすればフェアな貿易が実現できるのかということを考えます。
 実は『貿易ゲーム』は、もともと、英国の開発協力NGOであるChristian Aid(クリスチャン・エイド)が「フェアトレード」の普及啓発キャンペーンのために開発した教材だったのです。

※オリジナルの「The Trading Game」のマニュアルは、現在、Cristian Aid のウェブサイトから無料でダウンロードできるようになっています。
https://www.christianaid.org.uk/get-involved/schools/trading-game


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