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ドナー

臓器提供者のことをドナーと言いますが、この言葉は、仏教の「布施」を意味する「ダーナ」(檀那)が語源と言われています。

お釈迦様は、悟るための六つの善行を勧めました。その一つが「布施行」です。布施は、お金を寄付したり、モノをあげたりする「財施」だけではありません。仏教では、お金がなくても誰にでもできる「無財の七施」を説いています。

「無財の七施」とは、以下の七つです。

1 自我を捨てて自分のできる範囲で他人に尽くす「捨身施」
2 他人の悲しみや喜びを自分のものとする「心慮施」
3 優しい笑顔で接する「和顔施」
4 慈しみ、優しい眼差しで見守る「慈眼施」
5 心温かい言葉で話しかける「愛語施」
6 必要なものを提供して相手の心にゆとりを与える「房舎施」
7 席を譲る「床座施」

この七つの施しは、財力がなくても「いつでも・どこでも・だれでも」できる人助けの「行」です。

「布施」が「行」であることを気づかせてくれるエピソードを紹介します。

或る日、商人である伝兵衛は鎌倉円覚寺誠拙禅師を訪ねて、五百両もの大金を布施しました。

しかし誠拙は一言も礼を言いませんでした。
そんな誠拙に伝兵衛は腹をたてました。
「一言ぐらいお礼があってもよいのではないですか」

誠拙は伝兵衛に即、返答しました。
「自分が布施すれば功徳は自分に戻ってくるのに、なぜわしがお前さんに礼を言わなきゃならなんのか」

たしかに布施とは「他人のため」と思ってしまいがちですが、実は布施は「行」ですから、自分のためにする行為です。なので、「これだけしてあげたのに」と思うことが、そもそもも間違っているのですね。

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