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人間の欲

ある村の川が氾濫し、多くの人は逃げ遅れて濁流に流されてしまいました。
「助けて、助けて…」

両親とはぐれてしまった幼い子どもが、今にも折れそうな木の枝に掴まって、何とか川の流れに飲み込まれないように必死に叫んでいます。子どもは、誰か助けに来てくれるまで、力を振り絞って耐えています。

雨雲が少し薄れて雨が小降りになったとき、高い空から大きな羽の鳥が飛んできました。その大きな鳥は、溺れかけている人々の上をぐるぐる回って飛んでいます。

大鳥は、木の枝に必死にしがみついて今にも川に流されそうになっている子どもを見つけると急降下しはじめました。そして子どもの身体を足でつかんだ瞬間、大きな羽をはばたかせ、空に向かって飛び立ちました。大鳥は安全な場所まで飛んでいき、子どもを柔らかい草の上に降ろしました。

子どもを助けた大鳥を見ていた人々が、空に向かって叫び始めました。
「おーい、ここにもいるぞ。助けてくれ。早く来てくれ」
大鳥は人々の声を聞いて、戻ってきました。
「あの大きな羽にしがみつけば、きっと助かる。早く来い…」
人々は大きな声で大鳥を呼び続けました。

大鳥は人々の声を聞くと、大きな羽をたたんで再び降りてきました。そうすると、ある男は、大鳥の右足をつかみ、その横の男は大鳥の左足をつかみ、別の男は大鳥の羽をつかみ、そのそばにいた男は大鳥の首を掴み、よってかかって溺れかかっている大勢の人々が大鳥を掴みはじめました。そして一度つかんだら大鳥を絶対に離そうとはしません。

これでは大鳥も飛び立つことができません。ついには羽が水中に沈み、大鳥は首ごと水の中つかってしまい、水を大量に飲んであっという間に動かなくなってしまいました。

命を助けようとする強い意志と善意ある大鳥でしたが、逆に人々の欲のせいで自らの命を落としてしまいました。そんな大鳥の善意とは反対に、人々は大鳥を逆恨みます。
「鳥は溺れ死んだのか。俺たちは助かるのか。鳥の奴め、俺たちを助けずに、死んでいくとは、全く役立たずの鳥だ」

溺れている男たちは、もう大鳥に用はありません。ひとり、またひとりと鳥から手を離すと、鳥は静かに水の中に消えていきました。男たちは助けを失い、再び川の濁流のなかで苦しみます。

濁った大きなうねりとともに波が男たちに押し寄せ、一気に男たちを飲み込んでしましました。男たちは一瞬のうちに消え去ってしまいました。


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