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ダメな人ほど伸びしろがある!

いつも周りから怒られてばかりで自信喪失している弟子は、お釈迦様のもとを訪ね、どうしたらよいか相談しました。

弟子
「お釈迦様、私はダメな人間です。先日も厳しく怒られました。私は怒られる前に自ら問題を見つけて、行動できる人間ではないようです。こんな自分のことをどうしても好きになれません」

お釈迦様
「そうですか。馬に例えるならば、あなたは鞭で強く打たれて痛みを感じないと走り出さない一番ダメな馬というわけですね」

弟子
「お釈迦様、どうしたら鞭の気配を察して自ら走り出す馬になれますか。どうしたら怒られる前に自ら問題を見つけて行動できる人になれますか。先日も作務の時、先輩から特に指示がなく、汚れているところも見当たらないので、どうしようかと考えていたところ、「ぼーっと突っ立ってないで働け。気が利かないやつだ。もっと周りを察して動け」と厳しく怒られました。確かに周りはそれなりに働いていますが、私だけすることがないのです。これって私が悪いのでしょうか」

お釈迦様
「あたなの先輩が怒るのは、あなたが工夫して自らやるべきことを見つけて動く人間になってほしいからです。方法は少し荒くても自ら気づくようにしむけるのも愛情の一つですよ」

弟子
「だったら、そう言ってくれればいいのに。何の具体的なアドバイスもなく怒られてばかりいたら、こちらも落ち込んで嫌になります」

お釈迦様
「そもそも、怒られる前に何でも察してできる人なんて、そうはいません。嫌な思いをしないわからないのが人間の常。言われないとできない、怒られないとできないのは、あなただけではありませんよ。むしろ怒られて成長することは、とても人間らしいことです」

弟子
「ということは、これからも今までのようにずっと怒られるということでしょうか。いつまで我慢すればよいのでしょうか」

お釈迦様
「あなたは過去の自分の不甲斐なさばかり嘆いていますが、仏教は過去ではなく「今」を生きることを重視します。過去が嫌であれば、失敗しないために今どうすればよいか考えてはどうですか。過去が未来のあなたを決定するわけではありません。過去の失敗をしっかりと省みて、その原因を一つ一つ取り除くことが、今のあなたがしなければならないことです。今何をすべきか考えなさい。過去の自分をどんなに悔やんでも何の解決にもなりません」

弟子 
「そうは言っても、周りからの評価は低いままで、また怒られる日々が続くのは嫌です」

お釈迦様
「周りがあなたをどう評価するのではなく、どのように嫌な経験を次に活かすかが問題です。あなたの経験にしっかりと意味を持たせることで、嫌な思いも「今」に活かすことができます。周りからの評価もあなたの怒られた嫌な経験もすべて過去のことです。過去を悔やむのではなく、過去をどう使うかという視点で考えてみたらどうですか」

弟子
「確かにこれまで怒られたことばかりを気にしていました。「今」に過去を活かすとなれば、怒られて嫌な思いをする時にこそ、私に何が欠けているか、自分のことをよく知るチャンスと考えることができますね」

お釈迦様
「怒られて傷つくのは、あなたにまだ伸びしろがある証です。その時に得た教訓こそ、誰も教えてくれない一生のスキルとなり、いずれ鞭の気配を察して打たれる前にすぐに走り出す馬となれるでしょう」

弟子
「でも伸びしろって聞こえはいいですが、結構厳しい言葉ですね。鞭で打たれない馬になるためには、まず鞭で打たれないとわからないということなのでしょうか」

お釈迦様
「その通りです。はじめは失敗ばかりでも、試行錯誤しながら学んだ教訓は、徐々に自分の糧となります。すぐに効果は出なくても、同じミスをしないように気をつけることで、失敗も減り嫌な思いも段々と減っていきます。こうした積み重ねによって、「自分はダメだ」というマイナス思考が自然と自信へと変わり、自ら癒す力になっていくのです」

弟子
「お釈迦様のお話を聞いていると、怒られて嫌な思いをすることも、そう悪いことばかりでないと、少しだけ思えてきました」

お釈迦様
「それはよかったです。怒る側も、あなたにもっと成長してほしいからこそ悪者役を演じているのです。決して本心からあなたを嫌っているわけではありません。むしろとても期待しているということです。怒られた時は辛くても、その先にはきっと「ムチの気配だけで走り出す最高の馬」、つまり怒られる前に自ら問題を見つけて解決する人になれる可能性が開けているに違いありません」

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