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まずい(怒!)

駿河の国に白隠という禅僧がいました。「駿河に立派なものが二つある。それは富士山と白隠様」と詠まれるほど、白隠の名は世の中に知れ渡っていました。天皇からは国師号まで頂くほどの有名な禅僧でした。

白隠の噂が広まると、白隠の教えを請いたいという多くの人たちが白隠のもとをを訪ねるようになりました。

ある時、備前の国からお殿様が来ました。白隠とお殿様が団欒しているところに、一人のお百姓があんこ餅を持ってやって来ました。
「お口に合うかわかりませんが、どうか召し上がってください」

白隠はすぐにその餅を手に取って食しました。
「どれどれ、上手い!お殿様もお一つどうぞ」

白隠は、お殿様にあんこ餅を差し出しました。
「和尚が勧めるのであれば、一つ頂こう」

しかし一口食べると、お殿様の顔は歪みました。あんこは甘くなく、粟で作った餅なので味もよくありません。見た目も悪く、匂いもよくありません。

お殿様はその一口を何とか飲み込んで、その場を凌ぎました。お殿様がお餅を食べない様子を見た白隠は、こう言いました。
「お殿様、まだ残ってますぞ。さあ、もっとお食べください」

お殿様は、白隠に勧められても、あまりの不味さに食が進みません。その時、白隠は今まで仏のように優しかった顔つきが急に怖い顔になって、厳しい口調で言いました。
「お殿様は私の教えを学びに来られたのであろう。そうであれば早く食べなされ。食べないと何も教えることはできませんぞ」

お殿様は、嫌々残りのお餅を食べました。すると、ジャリっと音がしました。お餅に砂が混じっていたのです。思わず口からお餅を吐き出そうとしましたが、怖い顔をした白隠が目の前にいますから、どうしようもできなません。仕方なく急いでお餅を飲み込みました。

白隠は再び元の穏やかな顔つきに戻って、優しく話しはじめました。
「お殿様、お味はいかがでございましたかな。贅沢三昧の生活をしているお殿様には美味しいわけがありません。しかし、国を支えている百姓たちは、こんな食べ物でも美味しいと思って食べているのです。贅沢な食べ物だからこそ、こうして私たちに持って来てくれたのです。それをあなたは、不味いと吐き出そうとした。そんなことで、一国を収めることができませんぞ」

「…」
お殿様は何も言えませんでした。

白隠は笑いながらお殿様に続けて言いました。
「国を治める一国の城主なら、民たちがどのようなものを食べ、どんな暮らしをしているか、しっかりとお殿様の目で見ておかなければなりませんぞ。わかりましたかな。さて、もう一つ、いかがかな。わはは・・・」

さすがのお殿様も、白隠には全く反論できませんでした。
「いやあ、今日は和尚からとても良い教えを受けた。なぜそ全国から多くの者たちがここにやってくるのかよくわかった。私は、これから民たちを大切にする国づくりをしていきますぞ」
               *
さて、それから数年経った時、日本全国で大飢饉が流行りました。食べ物が無くなると、百姓があちらこちらで一揆を起こしました。民たちは餓鬼に陥り、全国的に治安が悪くなりました。

しかしお殿様の国だけは一揆は起きず、食べ物も民たちに十分行き届いていたそうです。それは、お殿様が白隠の教えを守って、民たちを大切にしながら国を治めていたからです。


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